植え替え初心者の奮闘開始

やっとこの日を迎えました。
観葉植物の植え替えだ。

3階改修工事の進捗に合わせて、12月に念願(?)の観葉植物を購入。「冬場は寒さ対策をしながら水遣りを控えて、植え替えは春まで待て」の解説。
(買ってきたままのプラの鉢から移してあげたいと思いつつ)

工事終了、日程の空き、その日の天気。
条件が揃いました。

まずは、モンステラ。

YouTubeで「植え替え」方法を確認。
ホームセンターで、植え替え道具を一式購入。

購入時はスクっと縦方向に伸びていた茎が春の訪れとともに横に広がり始める。風が吹くと樹脂製の細長いポットだったので倒れる。
と、いうことで「事始め」はモンステラから。

次は、アンスリウム。

これでいいのかな?と不安に思いつつ、
植え替え初心者の作業がこれからしばらく続きます。

決算日は晴れ

決算日。(会社は4月決算)
期末棚卸の日はほとんどいつも快晴。
決算の結果も快晴と行きたいが、そうもいかない。

本社屋横のミツバツツジ。
この日に合わすように毎年満開だ。
ガラス越し(ツツジの向こう側が中2階のミーティングルーム)に満開のツツジを観ていると、決算日だ!と実感。

こちらは岩中工場。
成型課、塗装課、生産管理課のハンガーの生産部門が集結する。

決算日恒例の社員表彰。必ずしも数字には表れない仕事、チーム貢献、ささやかな仕事に取り組む普段の取組みなど、「一隅を照らす光」を思い描いて始めた表彰。幹部も新入社員も関係なく選出される。

表彰の後は、賞与をお渡しして1年間の締めくくりとなります。

梅梅梅

2020年に中之郷の集落(豊岡市)の伐採される予定の梅の木をいただいて移植。何しろ古木なので、本当に根付くのか(ちょっぴりうちの庭に合うのかという迷いも持ちつつ)心配していたけど、春先には艶やかな花を咲かせた

なんと今度は、いっぱいの梅の実だ。(感動)

こんなにたくさん実をつけるもんなんだ。
(梅の木は我が家にはこれまでなかった)

うっすらとしたピンク色と清々しいミドリの実。
見ているだけでうっとりしてくる。

見てるだけでなくもう少し熟れたら収穫。
梅酒?梅シロップ?梅干し?
現時点でそういう経験は全くないし、知識もない。
ちょっと調べないと。

濁流と鳥

昨日からの雨で円山川が増水。静かに流れる普段の姿から一変する。
ある冬の日の同じ江原の円山川

台風襲来の時は右側の岸は、完全に水面下になり川幅はさらに広がる。(さらにその上に堤防があるので、それを超えることはまずあり得ない。濁流が直撃してくる心配はない)

あれ?
濁流をバックに何か青いものが見える。
イソヒヨドリだ。
何を見ながら何を思う?

同じ位置から下流に目を向けると、右に蛇行する濁流。
正面が江原河畔劇場のある日置地区。
さらに川幅は広がり急転回する。

待てよ!
よーく見ると、水鳥が2羽泳いでいる。
おいおい、こんな濁流で何しているの。
(私もこの濁流を眺めている時にふと、カヤックで下ったらスリル満点、面白いだろうな、と危ない衝動に駆られる時がある。絶対にダメですね)

『シン・養生論』 五木寛之・著

私の健康に関する練習は、必ずしも世間でいう健康のためではない。養生という表現の方がぴったりくる一種の趣味である。道楽、といってもいいだろう。
面白いからやる。興味があるからやるので、努力でもなければ、勉強でもない。面倒なトレーニングはやらない、健康は義務ではないからだ。
『シン・養生論』 五木寛之・著
(第1章「常識の壁を超えて」より p59)

” 健康のためでなく、養生なんだ。趣味なんだ。”

なんとも痛快。
さすがに五木寛之、90歳を超えて言い放っているところがいい。
いや、90を超えているから言えると理解した方がよさそうだ。

「自分の生き方は自分の実感で決める」
「気持ちがいい、気持ちが悪い、というのが私の判断基準である」
という行(くだり)がある。

私もどちらかというと「実感派」かも知れない。
決断をしないといけない時に、そのことは自分は「気持ちがいいのか悪いのか」と考える。不確定な未来なので漠然としているが。次に周囲の人も含めて「幸せか、そうでないか」と重ね合わせて考える。

「自分の好きな生き方」「生きてきた経験」「ありたい姿を想像する」
そんなことが混然となって心身を巡っているのだろう。

それぞれの想いでやって来た

CAT(芸術文化観光専門職大学)の教授とシェアハウス「江原_101」の学生たちとの食事会。
みんなそれぞれの想いを持ってCATに学びにやってきた。
そんなそれぞれの想いを聞いたり話したり。
夜があっという間に過ぎていく。

最初のうちは孫も参加の楽しい夜。
あっという間に日付が変わる時間までしゃべり通し。

雑草対策に芝〜果たしてどうなるか

自宅裏門の外側の場所を「広場」と呼んでいる。
昨日のブログ記事にアップしましたが、これからの季節、雑草との戦いが始まる。

もう一つ以前から気になっているのは、広場の真ん中のケヤキの木を中心に円を描く箇所は、地面がカチンカチンでちょっと掘ると(簡単には掘れないが)砂利が出てくる。

雑草と砂利の問題を一気に解決できないだろうか?

昨年秋からの改修工事も終わり、建築業者や資材運搬のトラックも一段落したので、思い切って土を入れ替えることにした。

広場中央のケヤキの周囲を掘り返し、真砂土を入れ芝生を植えることにした。
ゴルフ場のように綺麗に芝刈りをするような芝にしたいのではなく、春〜秋にかけて、雑草との壮絶な戦いを回避したいのが本心。

さてさて、この顛末はいかに。
随時、芝と雑草の状態をアップしていく予定です。

春の溝掃除と「ついで」の草刈り

私の住んでいる江原地区は、毎年4月に一斉に各戸溝掃除をすることになっている。それぞれの家の前の溝蓋を開けて溜まった土や落ち葉を掬い取る。我が家はケヤキに、カエデに、と秋は落ち葉だらけ。一冬越してシルバー人材さんのアポートを受けながらの溝掃除。

溝掃除のついでに(この「ついで」の方が作業量は多いのですが)、庭の草刈り。

裏の広場の草刈り。
まだ4月なのでこの程度だが、梅雨が来て、夏が来ると、恐ろしいほどの草茫々となる。

最後に裏の円山川堤防外側の草刈り。
国交省管轄なんですが、どうしても草や竹や笹が繁茂してしまうので、自前でゴミ拾いと草刈りをしています。普段は、私一人でコツコツとですが、年2回ほどは、庭と広場の草刈りついでにシルバーさんにやっていただく。

4月のメインは溝掃除のはずなんですが「ついで」の方が多い春の清掃。

『新建築 住宅特集 5月号』〜31年目のドーモ・キニャーナ

建築誌『新建築 住宅特集 5月号』(4/19発行)に、ドーモ・キニャーナが掲載されました。

31年経って(1992年竣工)、再び建築雑誌の特集号に選んでいただくのは、思いも寄らないことでした。今回は約6ヶ月かけて3階の改修。2021年ガラージュ(若手建築家集団)との出会いから計画がスタートしました。

「新建築5月号」では、最初に紹介されているのが、『改修 ヴィラ・クゥクゥ』(原設計:吉阪隆正)、2番目に紹介していただいたのが『改修 ドーモ・キニャーナ』(原設計:象設計集団)。

今回の特集号掲載で一番嬉しかったこと。
それは、(私の好きな)偉大なる建築家 吉阪隆正さん設計のヴィラ・クゥクゥに続き、その吉阪隆正U研究室から誕生した象設計集団設計のドーモ・キニャーナが取り上げられ、その3階部分を改修設計したのがガラージュという流れ。

編集者の粋な計らい(偶然ではないとみていますがどうでしょう?)。

吉阪隆正氏は早稲田大学建築学科卒業、早稲田大学理工学部長、日本建築学会会長を歴任、U研究室主宰。そのU研究室から誕生したのが象設計集団(樋口裕康/早大建築学科、富田玲子/東大建築)。そしてガラージュは早稲田大学建築科、大学院を卒業した同期生3人組。(ちなみに私も早稲田大学。政治経済学部経済学科なのであまり関係ありませんね)

振り返ると意図した訳ではないけど、その時代、時代に、知り、出会い、関わり、共に行動し、その後も続くお付き合い。点と点が繋がっていくことに内心驚いている。嬉しいことであり、大切にしていきたい。私にとって、そんな今回の『新建築5月号』です。

ドーモ・キニャーナから南に見える円山川、その向こう岸にある裏山(家族ではそう呼んでいる)から進美寺につづく広葉樹の山の風景をより取り込み、楽しむための仕掛けが目的。具体的にはベランダと浴室の改装を行う。

象設計集団の富田玲子さんのコメント、樋口裕康さんのスケッチ

12ページを使ってカラーで紹介していただいている。

1987年ごろ、象設計集団に設計を依頼。約1年かけて地域の調査を行いながら、スケッチしていく。但馬の山々に囲まれた谷間をイメージしてホールの構想が生まれる。(写真左上側)
5年掛けて完成したドーモ・キニャーナ。建築当時の柱組、壁の竹小舞(写真左下)など、私にとって懐かしい資料が掲載されています。

『新建築 住宅特集 5月号』