魚の煮付け二皿堪能す

大好物の魚の煮付け。
しかも2種類の煮付けを一度に。
「なんで?」と別に訊かなくても良い質問が口をつく。
「なんか活きのよいのを見つけたから」と妻の返事。

キンメダイ(金目鯛)。
” 目が大きく黄金色に光る。口も大きい。食用。”(「大辞林」より)

その通り!

カサゴ
” 煮付け、唐揚げ、塩焼きなど様々な料理にできる。身がぷりぷり。皮も美味しい。旬は冬から春にかけて。広い海に点在するので市場に出る数は少ない高級魚。”

その通り!

なんとも幸せな夕食となる。
お酒?
もちろん!

McCoy Tyner “Nights of Ballads & Blues”

  1. “Nights of Ballads & Blues” McCoy Tyner (音声)

McCoy Tyner  :p
Steve Davis  :b
Lex Humphries :ds

1. Satin Doll
2. We’ll Be Together Again
3. ‘Round Midnight
4. For Heaven’s Sake
5. Star Eyes
6. Blue Monk
7. Groove Waltz
8. Days Of Wine And Roses

Recorded 1963

タイトル通りのマッコイ・タイナーのトリオ演奏。

バラードと言えば、ジャズ・ファン誰しもが、まずはジョン・コルトレーンの”BALLADS”を思い出すのでは。その演奏は1962年レコーディングされたもので、ピアノはマッコイ・タイナー。

このマッコイ・タイナーの「バラードとブルースの夜」(1963年録音)は、おそらくその延長線上にあるアルバムかも。落ち着いた、味のある演奏が聴ける。

私としては、ジャズピアノ初心者のコピーにはもってこいのアルバムとも言える。
こんな演奏してみたい。頑張るぞ!

こんなの初めて〜カメムシ大量発生

今年の冬は(厳密に言うと昨年の秋から)、カメムシの大量発生に悩まされている。これはどうなんだろう、但馬エリア?関西エリア?全国的に?。

カメムシ退治もために使うガムテープも何本も使い切る。(ペットボトルを使う家庭もありますが)。

写真は、広場のケヤキに群れたカメムシの大群。樹液でも吸うのか?気持ち悪いぐらいビッチリとカメムシの集団が取り憑いている。外のケヤキはまだ良いとして、家の中はもう大変。

翌朝、同じケヤキのカメムシを確認すると、なんと一匹もいない。こうなるとカメムシの習性を一度、キチンと知っておかないといけない。

カメムシは、産卵サイクルやエサを求めて集団で移動することなどにより大量発生します。

カメムシは1年半ほど生き、前年に生まれ、越冬を経て、梅雨の前後(5月下旬〜8月)にかけて産卵します。春から初夏に産卵され、夏の間に成長したカメムシが、秋に成虫として活動を開始します。

また、エサとなるスギやヒノキの実が豊作な年は発生が比較的少ないものの、不作な年はエサを求めて稲田や果樹園周辺に集団で住み着きます。

2023年には、日本全国で気温が高かったことから、卵から順調に成長して成虫になる個体数が増えた可能性があります。農林水産省は21の道府県にカメムシ注意報を発令し、特に目立っているのは「ツヤアオカメムシ」という種類です。

カメムシは昼は日当たりの良い場所でひなたぼっこをすることがあり、外に干した洗濯物はカメムシがつきやすい条件のそろった場所です。カメムシがついていないかよく確かめて取り込みましょう。

カメムシを捕獲する方法としては、布製のガムテープを使ってカメムシの上から覆うように貼り付けて、素早くガムテープを二つ折りにします。そして、三辺の隙間を閉めます。これで、カメムシが臭いを発散しても周囲には漏れることはありません。

【AI調べ】

カメムシは、
集団で移動、寿命は1年半、越冬して梅雨前後に産卵、エサとなるスギ・ヒノキが豊作の年は発生が少ない、2023年は日本全国の平均気温が高く大量に増える、、、、

さて、これからはどうなるのか。

お茶を一服

茶道具を片付けていた妻から「どうですか?」と声が掛かる。

春の庭を眺める。

命の息吹を感じながら。

20年ぶりの但馬稲門会

長らく途絶えていた但馬稲門会の案内をいただいたので出席。
早稲田大学、大学院を卒業し、但馬在住もしくは但馬にご縁のある人が会員となっています。

前回は、当時の豊岡市長(集まった時点では前職)、兵庫県会議員、市議会議員と、なんだか政治家が多かった。あとは、但馬にある企業経営者、学校関係の人たちといったところ。

今回は、さすがに20年ぶりということで皆さんそれぞれ歳を重ね。名簿をみると若手もあるが欠席。残念なのが、女性が一人もいない、ということ。昨年、(なぜか)但馬三田会(慶應義塾大学卒業生)に呼ばれて参加しましたが、女性も結構いらっしゃって華やいだ雰囲気でした。この辺りも早慶の違いなんだろうね。

宴席の最後は、恒例の「紺碧の空」(早稲田大学の応援歌)、そして「都の西北」(早稲田大学校歌)。昔とった杵柄で先輩が、応援団の所作で全員で斉唱。

神宮球場、早慶戦、麻雀、金城庵(天ぷら屋)、村上春樹、早稲田小劇場、学生運動、、、

ああ、なんとも「わせだ」だ。

堤防の草刈り〜昔の風景を保とう

シルバー人材センターにお願いして堤防沿いの草刈り。

昭和50年代に円山川堤防ができるまでは、私の祖父母の家はこの堤防外側(左側)にありました。横向きに写っている内水路の手前側。ちょうど3人が草刈りをしているあたり。
向こうの山並みは何十年経っても懐かしい風景。

国土交通省管轄の円山川堤防。年に2度ほど堤防上部の草刈りは行われるが、その下側は頻度が少なく、もともと鬱蒼とした竹林だったので放っておくとあっという間に竹林に後戻り。堤防から川が見えなくなる。

せめて、昔懐かしの川と山の風景を未来に伝えていきたい。

ついでに、
シェアハウス「江原101」の裏側の堤防下も草刈りをしておこう。

フリージア〜どこからやってきたの?

フリージア(アヤメ科)
甘い香りを放つアヤメ科の球茎花。暖地で生産された早咲きの花は、香りと明るい色で春を運んでくる。花は白、黄、ピンク、赤、紫の各系統があり多彩。八重咲きや大輪も作られる。ただ、ただ、八重咲きや大輪の花は改良の過程で芳香が弱くなる傾向も。原種は南アフリカ・ケープ地方に数種類知られる。
『花おりおり』 湯浅浩史・著

広場の一番隅っこに見つけたフリージア。
鮮やかな黄色が目に入らなかったらおそらく気づかなかったかも。
周囲にはカラスノエンドウやササやドクダミや蔓植物が蔓延している。
植えた覚えがないが、どこからやってきたのだろうか。

春、花いっぱい

ミツバツツジ、ユキヤナギ。
後ろは、ブナとカクレミノ。

シャガ。

ミツバツツジ。

ヤマブキ。
シーサーが見つめている。

スズランスイセン。

「東井義雄について語る」米田啓祐 但馬コネクション(#71)

但馬コネクション4月は教育者・東井義雄氏。ゲストは米田啓祐氏

但馬出身の偉人として東井義雄氏の名を挙げる人も多い。
「村を育てる学力」は東井義雄さんの有名な教育方針。

ゲストの米田啓祐氏は、東井義雄さんが八鹿小学校(兵庫県養父市八鹿町)の校長として着任した1964年(昭和39年)に新米教諭として勤務されていました。

実際に東井義雄さんの人となりを語っていただく

このセッションに当たって、一番関心を持っていたのは、「村を育てる学力」って、具体的にどんな教育なんだろうか、ということでした。

それは教育理念、方法論ではなく、東井義雄さんの教師として、校長として日々子どもたちや教員に接する態度やアドバイスにあるようだ。一方的な結論の押し付けでなかく、本質を鋭く見抜き、それを相手(教員であったり、生徒であったり)に合わせて話しかける。

全教員が提出する「週録」(1週間の出来事、実践記録、子どもたちの学習進捗など)に目を通し、激励、疑問、助言、教育のあり方について返事を書き、問いかける。

そのやりとりを「校長便り」として刊行したのが「培其根」(ばいきこん)というガリ版刷りの通信。当初は校内教員のみに配布されていたが、評判を呼び後には1000部を越す発刊となる。この「培其根」が教育者としての東井義雄を世に知らしめることになったようだ。

「村を育てる学力」とは、子どもの生きがいを育てる学力。村に縛りつけるのではなく、子ども一人ひとりの命を大切にし、個性を伸ばし、地域を豊かにする知恵と愛着を育むこと、と理解。

1964年(昭和39年)に八鹿小学校の校長に着任した時の挨拶で述べた言葉に答えがあるように思う。
「だってぼくたちの学校だもん」

「なぜ?」「なぜならば」「〜すべき」の理屈ではない。

「だって、ぼくたちの村だもん」