同世代と時代の先頭走る〜鈴木忠志(「私の履歴書」より)

アングラ四天王
演劇界でうねりが起こり始めた。早稲田小劇場が開場した1966年は最近亡くなった唐十郎が野外公演をし、佐藤信や串田和美がビルの地下に小劇場を構えた年でもある。翌年には寺山修司が天井桟敷という劇団を結成した。
私は寺山、唐、佐藤とともにアングラ四天王などと呼ばれた。地下という意味のアンダーグランドは、アメリカの前衛映画に用いられた言葉であるが、いつしか日本ではアングラ演劇という言い方が広まった。
『私の履歴書/鈴木忠志』 2024/09/11 紙面より

まさにこの時代に「アングラ四天王」の芝居を見漁った。
早稲田小劇場開場から少し遅れてだが、『トロイアの女』『アトリエNo.3 夜と時計』『宴の夜・一』『鏡と甘藍』『バッコスの信女』など。
『宴の夜・一』は、利賀村に引っ越した最初の公演にも行ったのが懐かしい。
白石加代子の『劇的なるものをめぐって』

唐十郎の状況劇場は、『唐版・滝の白糸』『腰巻おぼろ妖鯨篇』『糸姫』『蛇姫様-我が心の奈蛇』『ユニコン物語 台東区篇』など。

寺山修司の天井桟敷は、『阿呆船』『引力の法則(公開ワークショップ)』『中国の不思議な役人』『奴婢訓』『身毒丸』など。

「寺山と唐の乱闘騒ぎ」の時代は、中学高校時代だったので、私はちょっと遅れてきたアングラ・ファンだった。

空高く「上弦の月」

3階ベランダから臨む上弦の月。
と言っても、上手く「半分」に写っていませんが。

ここで上弦の月をおさらいしておきます。

上弦の月とは、満月を縦半分に切った形をした半月で、弓の形に似ていることから「弓張月」(ゆみはりづき)とも呼ばれる。

太陽の光が右半分を照らしているため、地球から見ると半円に見える。
夜中に西の空に沈むときにカーブしている方が下になり、弓の弦が上にある。
昼頃に東の空に昇り、夕方に空高く輝き、深夜西の空に沈んでいく。

上弦の月の名前の由来は、新月を含む日を1日とし、月の満ち欠けで1か月を定める太陰暦を使っていた時代に、月の前半(上旬)の月を上弦の月と呼んだ。
西の地平線に沈む時に、弦(半月の真っ直ぐな所)が上に位置しているか、下に位置しているかでどうかでつけられた。
(Search Labs | AI による概要)

この写真の撮影は18:51。
まさに空高く輝いている。

フシネキンエノコロ〜なんだか難しいもの知ってしまった

広場の雑草群の真ん中に1本だけ、真っ赤な「モノ」を発見。
夏のこの時期、花の少ない庭が寂しい、つい広場に草花を観察する目が行くこの頃。
緑に覆われた地面の中に、これだけ鮮やかな赤は目立つ。

Picture Thisで検索すると「フシネキンエノコロ」とでる。
また、なんとも聞いたことのない名前。(合ってるんだろうか?)

フシネキンエノコロはアメリカ全域に広く分布している植物で、原産地であるアメリカだけでなく、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアの様々な地域にも導入されています。定期的に栽培されることもありますが、原産地外の特定の地域、特に地中海地域、南アメリカ、カリブ海地域では競争力があると考えられることもあります。そのため、地元の生態系に影響を与える可能性があります。しかし、その栽培の広がりや生息地への影響は世界的に見て異なります。
(Picture Thisより)

イネ科、帰化植物、多年草。花期は夏〜晩夏。節ごとにくの字に屈曲しているということも判った。

でも、赤い茎?葉?の解説、写真は見当たらない。
どうやら突然変異なのだろうか。

但馬ツーリズムマップって使えそうな情報満載

「但馬ツーリズムマップ vol.16」が手元にある。
豊岡演劇祭の公演予約と購入をインフォメーションで行い、後日郵送されてきたチケットの中にオマケ(?)として封筒に入っていた。

但馬住民にはあまり必要でなさそう、と思っていましたが、意外と使えそうな情報があります。

発行は公益財団法人「但馬ふるさとづくり協会」。これまでも行政ロビーや市民プラザなどに置いてあるので知ってはいましたが、主に観光客向けということで手にすることはなかった。

マップを開くとカテゴリー別に、3市2町のどこにあるか、連絡先電話番号、おすすめの名所、名物、季節、グルメなど見やすく掲載されているのにビックリ。住民にも役立ちそう。

22のカテゴリーがすごい。
観光名所、ミュージアム、温泉、特産土産などは定番ですが、
キャンプグランピング、大自然で遊ぶ、街並みガイド、名水、巨木、花ごよみ、紅葉などのカテゴリーで「A,B,C,,,,、1,2,3,,,,で、でマップに記されていて問い合わせ先まで書いてあるので、これは但馬住民にも使えそうだ。

但馬全域の地図。ツーリズムマップの裏面全部を使って記されている。

以前、但馬学研究会で20年ほど活動していたので、山奥も海岸べりも街中も、ほとんどのところに出向いて、そこの長老や地元に詳しい人にお話を聞いたり、体験をしたりしたことがある。ちょっと当時の活動の達成感のような気分にもなります。

今回頭に浮かんだのは隣国だ。
但馬を取り巻く、西の因幡、南の播磨、南東の丹波、東の丹後。
つまり江戸時代の藩(国)である。

隣国とどんな交流があったのだろうか。
戦さ、衣食住の交わり、文化の交流、経済活動など、新たに興味が湧いてくる。
それを知ることで、但馬の特徴、良いところの再発見できるのでは、とそんな思いに駆られる。

一度、手にしてじっくりと「但馬」を俯瞰してみるのも面白いかも、です。

空を見上げ、足元を見ると

空を見上げると、
毎夕方5時過ぎに、着陸態勢に入った但馬空港行きの飛行機が上空を飛ぶ。
左側の席に乗ると我が家が見える。
若干(結構?)遅れがあるけど、
我が家の時間を知らせる飛行機のエンジン音。

足元見ると、
雑草生い茂るガーデン。(>_<)

なので夕方6時を過ぎてから急遽、草刈り。

草刈り終わると真っ暗。
翌朝、成果をチェック。

もっと刈ってもいいぐらいだが、これぐらいが裸足で歩くと気持ちいい。

花の少ない季節に咲く(ありがたい)花

庭と広場がちょっと寂しい。
花の少ない季節。

そんな中で咲いているヤブラン
元来、ひっそり系の花ですが華やかに見える。

こちらも猛暑の中、頑張って咲いているサルスベリ
夏バテなのかいつもの年より花の数は少ないようだ。

でも、アップで観察するとこの華やかさ。
暑さ吹っ飛ぶというよりも、より情熱的になってしまう。

いよいよ始まりました『豊岡演劇祭2024』

いよいよ始まった『豊岡演劇祭2024』。
9月6日〜23日 18日間

皮切りに、江原河畔劇場にて「たじま児童劇団」による『転校生』(作・演出 平田オリザ)

公演は撮影禁止(当然ながら)なので、写真で児童たちの熱演を伝えられないのが残念。1度観たことがあるのですが、プロデューサーから子供たちの成長は早いよ、稽古の成果も格段に上がっているとの勧めもあり、いの一番の公演に駆けつけました。

初日ということもあり、講演後は2階フロアで開演記念パーティ。
豊岡演劇祭の高宮浩之実行委員長とフェスティバルディレクターの平田オリザさんから挨拶。

宮城總さん(左)と平田オリザさん

なんと演出家の宮城總さん(SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督)が静岡から駆けつけてくださっている。開演前に車で来られて、記念パーティでは乾杯の後、すぐにまた車で静岡まで帰るとのこと。翌日の午前からゲネプロがあるそうだ。

先月、利賀村でお会いしご挨拶させていただいたところなのに、すぐに再会できてラッキー。

なんとも演出家どうしの絆の強さを見たような感じですが、どうなんでしょう。
現在、日本演劇界を代表するお二人であることは間違いない。

さーて、18日間の演劇週間を楽しもうではありませんか。

松岡正剛さん逝く

「松岡正剛さんを悼む」田中優子 (神戸新聞 文化欄 2024/09/04)

知の巨人 松岡正剛さんが8月12日に逝去。
ファンとして残念無念。

松岡正剛を知ったのは、私が学生時代の1970年代。
松岡正剛が編集長の雑誌「遊」(編集工学研究所)と出会う。愛読雑誌となる。

「編集工学」とは、松岡正剛が編集長となって、思想・人類文明・日本文化・芸術・メディア・デザインなどあらゆるジャンルの知見を融合し「編集」の仕組みを解き明かし、応用可能な「工学」的手法。
面白い概念・方法論だなといつも関心を持っていました。

『情報の歴史』全450ページ、『千夜千冊 虎の巻』

2度、松岡正剛さんにお会いしたことがある。

1回目は、松岡正剛さんの『千夜千冊』の達成記念の原宿であったパーティで。(2004年7月)

2回目は、象設計集団の建築家/樋口裕康さんの個展(“plan-B” 東京中野区弥生町)での
「樋口裕康×松岡正剛トーク」にて。(2019年12月)

私の自宅の設計者である象設計集団の樋口さんがトーク終了後、私も楽屋に呼んでいただき、樋口裕康さん、松岡正剛さん、そしてそこにはお二人の友人でもある田中泯さんもいらっしゃって談笑しました。なんともビッグな3人に囲まれて夢のような時間でした。

これまでこのブログ” KOH’s VIEW” で紹介した松岡正剛さん関連の記事は、

「SAYO-NARA SAYO-KO」 山口小夜子さんを送る夜(2007/09/19)
『多読術』 松岡正剛    (2009/06/19)
日曜日の散歩~青山~赤坂  (2012/02/05)
『知の編集術』〜 松岡正剛 (2012/02/08)

“PAT METHENY GROUP” Pat Metheny

“PAT METHENY GROUP” Pat Metheny

Pat Metheny : g
Lyle Mays : p , keyboard
Mark Egan : b
Dan Gottlieb : ds

  1. 1. San Lorenzo(音声)
  2. 2. Phase Dance
  3. 3. Jaco
  4. 4. Aprilwind
  5. 5. April Joy
  6. 6. Lone Jack

Recorded in Jan. , 1978

日常的にずっとジャズを聴いている。
お風呂に入っている時も。
ボーッとしてリラックスしたい時、最近このパット・メセニーのアルバム(邦題:思い出のサンロレンツォ」)を聴くことが多い。

ピアノのライル・メイズは私の大好きなピアニスト。イマジネーションを広げてくれる。2020年2月に66才で亡くなっているのが悲しい(悔しい)。

ところで1曲目のSan Lorenzoって?(アルバム邦題は「思い出のサンロレンツォ」)
イタリアであるということはわかるけど。

・イタリア共和国カラブリア州レッジョ・カラブリア県にある人口約2,500人の村。

・La notte di San Rolenzo イタリア語で「聖ロレンツォの夜」を意味し、8月10日はフィレンツェの守護聖人サンロレンツォを祝うお祭り。流れ星を見つけたら願い事をする習慣。

・Basilica di San Lorenzo(サン・ロレンツォ聖堂)フィレンツェ歴史地区に位置する最も古い教会の一つ。付近にサン・ロレンツォ市場がある。

調べてみるといろいろとある。

ずっと地名だと思ってきたけど、聖ロレンツォのお祭りもいいなと。
七夕祭りのイタリア版、織姫と彦星、短冊書いて星に願いをですね。
そんな思い出かも。

さてどう思いますか?
ライブでの “San Lorenzo” Pat Metheny Group(映像)
を聴きながら(観ながら)想像してみてください。
パットもライルも24、25歳の頃。

夕焼けの雲

自宅3階ベランダから見る東の空。
夏の入道雲の先っぽが夕陽に照らされて。

右に回転しながら南の空。

さらに右に南西方向。

180度回って西の空。
夕陽はこの稜線に沈む。