
古舘伊知郎さんの『Talking brains』に弊社社長が登場。
2月1日にYouTubeに公開されました。
弊社は、今年で創業80周年を迎えました。そのタイミングで「対談しませんか」との連絡をいただき実現しました。
木製ハンガーで創業し、現在は日本で唯一の木製ハンガー・メーカー。
ハンガーは「洋服の買える場所」としてのハンガーの価値を語っています。
古舘さんのツッコミはさすが。
ぜひ、ご覧ください。

ロウバイ

【記録メモ】
愛車VOLVO XC90 2020年1月29日に納車。
ちょうど6年経って走行距離 72402km。

昨年(2025月1月29日)は58,300kmだったので、差し引きすると1年間で12,067kmの走行。
思えば昨春、満車の某体育館前駐車場の入り口で後部左ドアを擦って損傷。一旦止まって確認後、諦めて前へ行こうとした瞬間に駐車場係の人が「ここ空いたよ」との合図。咄嗟にハンドルを左に切ると、まだそこには高さ1mぐらいのガードレールの端っこが。。。(> <) 痛恨。
係の人の所為にする訳にもいかず。
まっ、そんなことよりも走行事故なく無事に過ごせたことに感謝。
今年も安全運転に徹しよう。

今冬一番の寒気が日本列島を覆うとの予報。
20日から降り始めた雪。
23日朝目覚めるとこの風景に。

庭の木々の枝にもたっぷりと。

透き通った冷気の中の円山川。

江原の家々の屋根に積もる。
向こうに見えるのは妙見山から蘇武岳に連なる山。

雪の額縁に収まる景色が美しい。

当たりました!待ちました!行きました!
チケットは抽選。昨年の秋から。雪をかき分けて。
来日最初の京セラドーム大阪でのコンサート。
レディ・ガガの”THE Mayhem BALL”。気になる存在だったレディ・ガガの公演を堪能
昔々、大阪球場(今は無き)で行ったマイケル・ジャクソンを凌駕する迫力のステージ。
もちろん、時代が違う、機材が違う、デジタル技術が違うから当然なのだが、ガガのステージは最高でした。
とやかく説明するより、映像を見てください。


アンコール(らしき)ステージが終了して、帰りかけるお客がいる中で5分ぐらい経ってから、なんとステージ下の楽屋で化粧を落とすガガがスクリーンに映し出される。そのまま踊りながら再びステージへ。終わりを惜しむかのような「これでもか!」のラストシーン。

約3時間に及ぶ最高のコンサートでした。すっかり、ガガファンになってしまった。

住友生命いずみホールでの「ウィーン・リング・アンサンブル」のニューイヤーコンサートに行く。お目当ては、チェロのシュテファン・ガルトマイヤーとの再会。
1月1日のウィーンフィル・ニューイヤー・コンサートをNHKの中継で観ていた演奏家が、1週間もしないで目の前のステージで演奏しているのにも驚きです。これまで45年間にわたって同団を率いてこられたヴァイオリンのライナー・キュッヒルさんが今回の来日で引退される。
そんな話題の中で開演を待つ。
2023年の鳥取県倉吉でのウィーン・リング・アンサンブルにも行ったことも思い出しながら。


曲目は、J.シュトラウス1世、2世、ヨーゼフ・シュトラウスのシュトラウス一家のワルツ。その他は、C.M.ツィーラーとJ.ランナーの曲が1曲ずつ。
アンコールに応えて何度もステージへ。ラストは定番の「ラデツキー行進曲」。みんなで盛り上がってコンサートは終了。


コンサートの後、シュテファンと食事を共にする約束をしていたので、楽屋出口で待機。先に出てこられたヴァイオリンのダニエル・フロシャウアーさんとツーショット。8日前のニューイヤーコンサーをTVで見ていたフロシャウアーさんなので感慨深い。
シュテファンとは、居酒屋でお互いの近況を話しながらの楽しい時間。初めて会ってから24年が経つ(ビバホール・チェロ・コンクールの時に我が家にホームステイ)のに、親しい関係は続く。
「来年のニューイヤーにはひょっとしたら」の楽しみが実現するかも、そんな期待を持ちつつ再会を約束する。

美術館「えき」KYOTO(京都伊勢丹7階隣接)で開催されている今森光彦さんの写真展。私は昆虫を撮った『世界昆虫記』を購入し、美しい昆虫たちにすっかり魅了されたのが今森さんとの出会い。すっかり「昆虫博士」と思っていました。その後『里山物語』を知り、里山の生物多様性に関心を持った経緯があります。

今森さんが訪ねた日本の各地の一覧。

「木の記憶」として紹介されていたのが「和知の大カツラ」(兵庫県香美町)。何度も訪ねたことがあるが、木の根っこのところから川が流れているのに驚く。ここから水が湧き出ている。
今森さんは、近くにある泉の番人だ、と紹介している。

今回の写真展では、撮影の許可が下りているの印象に残る写真を紹介します。




新潟県十日町のブナ林。
以前、お隣の魚沼市大白川のブナ林再生にかけるプロジェクトで現地を訪ねたことがあるが、ブナ林の凜とした佇まい、生命の息遣いには感動します。
もう1人の親しくしていただいている「自然界の報道写真家」宮崎学さんの作品からも生き物(動物)の視点から見た現代社会の危うさを知り、衝撃を受ける。
自然界の写真を通じて「現代社会の現状」「忘れかけた生命の尊さ」「生き物の多様性で成り立つ自然」を思い起こし、そこから学ぶことがたくさんあるのだ、と感じた写真展でした。
2月2日まで、開催されています。

裏千家の初釜(初稽古)。
昨年、大宗匠千玄室様がお亡くなりになり、初稽古として行われました。
西日本の淡交会支部の支部長の席で家元の新年のご挨拶と濃茶をいただきました。
家元のお話では「スピード、スピードの時代ではあるが、あえて一手間をかけることを大切にしたい」とのメッセージがありました。



濃茶席の次は薄茶席。
若宗匠のお点前、伊住禮次郎(宗禮)さんが後見として薄茶を一服いただく。
若宗匠(千宗史)は、1990年生まれの午年。
昨年、大宗匠(千玄室)が102才で亡くなられ、裏千家として新たな一歩が始まる年になる。

プログラム
能 「翁」 片山九郎右衛門/茂山千之丞
狂言 「縄綯」 茂山千五郎
復曲能「岩船」 観世喜正

大阪・大槻能楽堂「新春能」。
観世喜正の復曲能『岩舟』がお目当て。能好きの妻は喜正先生に手ほどきを受けている。昨年11月のニューヨーク公演では、ニューヨークでお世話になった友人にチケットをプレゼントしたり、京丹後市の安養寺の「蝋燭能」で鑑賞したりと、私も何度かお会いしご挨拶させていただいた方。


本格的な能舞台で鑑賞するのはまた格別。
全部で3時間半(休憩を挟み)に及ぶ舞台を堪能しました。
(私は往々にしてウトウトすることもある能ですが、今回の演目と本格舞台とが相俟ってか、楽しむことができました。)

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。








なぜ、その音は歌のように心に響くのか。
70歳を超えてなお現役で奏で続ける著者がつづる、”異色”の音楽人生と、その響きの源 ー 迷い道も回り道も、全てが音楽になった! 若き奏者たちへのメッセージも満載の自伝的エッセイ。
(『カンタービレ』 帯より)
きみ子さんと初めてお会いてから約12年。ヴァイオリン・ドクター(製作/修復)の中澤宗幸さんにお会いしたくて、千駄ヶ谷にある工房(株)日本ヴァイオリンを訪ねたのがきっかけでした。その後、間髪を入れずに始まった「子どもたちが豊岡で世界と出会う音楽祭」(おんぷの祭典)で「アンサンブルウィーン東京」カルテットのヴァイオリニストとして、芸術監督の中澤宗幸さんの奥様として親しくお付き合いが始まりました。
きみ子さんとお話しする中で、長野県上田市の少女時代のこと、ヴァイオリンを始めた頃のこと、大学進学、宗幸さんのヴァイオリン工房(高田馬場)時代前後の出会いと結婚、ウィーンへの憧れと演奏活動のこと、など断片的ではあるけど、耳にはしていました。それがこの著書により、点が線となり、きみ子さんの音楽人生という面となって私の中に納まりました。
英才教育、音大、コンクール挑戦、コンサート活動、CD販売の(いわゆる)王道とは違い、ご自身の成長過程において、家庭環境やヴァイオリン指導者のアドバイス、ヨーロッパとの相性、様々な経験、体験を通じてヴァイオリン演奏を深めていかれました。
2015年6月の但馬コネクションでは「土と音楽」と題してお話をお聴きする。
「小さい頃、お米づくりや畑をしている家のお手伝いをしてからお稽古に。弾き始めると爪の中に土が入っているのを先生に見つかってしまい、かーっと恥ずかしくなった乙女ごころ」
とのお話をされたのが今も特別な印象として記憶に残っている。
私は信条として、『人は誰もそれぞれの所与(生まれもって与えられた出発点)を持って人生が始まる。家族、出会い、経験を重ねていくのが人生。出発点を最大限に豊かなものとして満足できるかが大切』と考えています。他者と比較するものではない、と。
「迷い道も回り道もすべて音楽になった!」。
きみ子さんの音楽人生にぴったりの表現。
こんな素敵なヴァイオリニストのことをもっと知っていただきたい。
ぜひ「カンタービレ」ご一読を。お薦めです。