松岡正剛さん逝く

「松岡正剛さんを悼む」田中優子 (神戸新聞 文化欄 2024/09/04)

知の巨人 松岡正剛さんが8月12日に逝去。
ファンとして残念無念。

松岡正剛を知ったのは、私が学生時代の1970年代。
松岡正剛が編集長の雑誌「遊」(編集工学研究所)と出会う。愛読雑誌となる。

「編集工学」とは、松岡正剛が編集長となって、思想・人類文明・日本文化・芸術・メディア・デザインなどあらゆるジャンルの知見を融合し「編集」の仕組みを解き明かし、応用可能な「工学」的手法。
面白い概念・方法論だなといつも関心を持っていました。

『情報の歴史』全450ページ、『千夜千冊 虎の巻』

2度、松岡正剛さんにお会いしたことがある。

1回目は、松岡正剛さんの『千夜千冊』の達成記念の原宿であったパーティで。(2004年7月)

2回目は、象設計集団の建築家/樋口裕康さんの個展(“plan-B” 東京中野区弥生町)での
「樋口裕康×松岡正剛トーク」にて。(2019年12月)

私の自宅の設計者である象設計集団の樋口さんがトーク終了後、私も楽屋に呼んでいただき、樋口裕康さん、松岡正剛さん、そしてそこにはお二人の友人でもある田中泯さんもいらっしゃって談笑しました。なんともビッグな3人に囲まれて夢のような時間でした。

これまでこのブログ” KOH’s VIEW” で紹介した松岡正剛さん関連の記事は、

「SAYO-NARA SAYO-KO」 山口小夜子さんを送る夜(2007/09/19)
『多読術』 松岡正剛    (2009/06/19)
日曜日の散歩~青山~赤坂  (2012/02/05)
『知の編集術』〜 松岡正剛 (2012/02/08)

『「アート」を知ると「世界」が読める』 山中俊之・著

教養としてのアートを身につけるために、ゼロから学ぶ必要はありません。今さら聞けない「教養以前の基礎知識」を、まずは押さえておきましょう。
ビジネスパーソンの視点で「全体像」を把握すると、アートに関する情報が俄然、頭に入ります。
『「アート」を知ると「世界」が読める』 山中俊之・著
(第1部 「理解すると視野が広がる、アートの基本」 より)

山中俊之さんからこの山中さんの著書をいただいた。シェアハウス「江原101」で芸術文化観光専門職大学の学生が開いた「ワインの試飲会」で山中先生と出会いました。ちょうど私の誕生日の直後で、学生たちがサプライズでお祝いをしてくれた勢いで、初対面にも関わらずこの本をプレゼントしていただいた。

山中俊之氏のプロフィールがすごい。

著述家・ファシリテーター。芸術文化観光専門職大学教授。株式会社グローバルダイナミクス取締役。1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。2024年現在、世界九十七カ国を訪問し、先端企業から貧民街、農村、博物館・美術館を徹底視察。京都芸術大学卒(芸術教養)。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士。

著書の内容もさることながら、こんなキャリアをお持ちの教授が芸術文化観光専門職大学にいらっしゃるのがとても嬉しい。

内容は、ヨーロッパの歴史、キリスト教的な美意識からだけではなく、イスラム圏、アフリカ、現代のアメリカ、中国、そして日本からの視点で「アート」を解説していく。

本の帯には

  • アートには民族、政治、経済が凝縮されている
  • アートに強くなると”見える景色”が変わる!

まさに「全体像」を知るには、ぜひ一読をお勧めします。

『ジャズピアノ(上)』 マイク・モラスキー・著

実際にほとんどの受講生はジャズをBGM以外に聴いたことのない初心者である。彼らにジャズの歴史を学んでもらいたいことはもちろんだが、何よりジャズ音楽の幅広さと奥深さを感じとってほしい。ただし、そのためには受講生の「ジャズを聴く耳」が肥えてくるように指導する必要がある。だから毎回の講義では数々の録音を聴かせながら、演奏の中で注目してほしい部分をリアルタイムで指摘し、たまには教室においてあるピアノを弾いて説明を加えることもある。大学の講義とは言え、以外にジャズの生演奏に通じる「ライブ感」が醸し出される側面があるわけだ。
(一部略)
要するに、本書はピアニストに重点をおく異色のジャズ史であり、ジャズの「鑑賞本」でもあるわけだ。
『ジャズピアノ(上)』 マイク・モラスキー・著 (序章より)

確かに、この分厚い(364ページある)本、しかもタイトルは至ってシンプルな『ジャズピアノ』。ジャズでピアノで、と何について書いてあるかは理解するが、一体、どのように書いてあるのか想像できない。(ちなみに下巻は426ページ)

と言うことで、冒頭の「序章」を引用しました。

著者はセントルイス出身のジャズファンであり研究者、自身もピアニストという経歴の持ち主。アメリカ各地のジャズ事情、日本にも30年以上滞在し、1970年代のジャズ喫茶にも魅了され、とあるので徐々に著者の素性を知るに連れ、本書の正体が浮かんできました。

上巻では、ラグタイムやビバップ以前のジャズマンにスポットを当てる。アール・ハインズ、テディ・ウィルソン。デューク・エリントン楽団とカウント・ベイシー楽団の比較など。

本書では、代表的アルバム、曲がたくさん紹介されている。しかも、曲の何秒あたりか(例:0:40-1:20、1:35-1:39 などのように)が示してあるので、YouTubeで同じ演奏を検索してその箇所を聴くことができる。

特にアート・テイタムをあまり聴いたことがなかった私にとってはそのピアノスタイルには驚きそのもの。

以下、ナット・キング・コール、セロニアス・モンク、バド・パウエル、アル・ヘイグ、ドド・マルマロサ、ジョン・ルイス、デイブ・ブルーベックへと続く。

『ロジカルダイエット』 清水 忍・著

何キロ落とせるかが大事なのではありません。何をやってやせたかとか、何を食べずにやせたかとかも重要ではありません。
それに短期間でやせたというのも重視すべきではありません。一過性の結果しか出し得ないインスタントなダイエットは、もうダイエットの中から除外してしまったほうがいいでしょう。
では、何が重要なのか。それは、一時的にやせるのではなく、やせた状態を継続して「やせた人間に生まれ変わる」という考えを持っていること。その考え方によって、はじめてやせる努力が報われます。
『ロジカルダイエット』 清水 忍・著

なんて刺激的な指摘だろう。
「BMI基準まで〇〇キロ体重落とそう」「炭水化物を控える」「1日2食でいこう」「野菜・海藻中心の食事にしよう」「毎日体重を測り記録すると痩せる」「有酸素運動や筋トレを習慣化する」、、、、、、、、、、

ダイエットと言うと、すぐに過去に読んだ本が浮かび、やりかけてみて長続きせず挫折した思いが蘇ってくる。(^ ^;;

私が取り組んで唯一成果をあげたのは、食事のカロリー計算をして設定した摂取カロリー内で1日の食事をし、日々の歩数をカウントする。この食と運動の両方を計算し記録をしていく方法。当時の記録ノートを見ると2002/09/01の79.7kgの体重が2003/7/19に70.9kgになっている。10ヶ月で9kgの体重を落とした。まさに理想的なダイエットではないか!

続けていると、ご飯、焼き魚、お肉、卵焼き、豆腐、トースト、ビール、ワインなどなんでも何キロカロリーだか分かるまでになる。そんなに苦痛を感じず実行していたが、一番大変だったのは、毎夜その日の記録をノートに書くことでした。

やがて、2007年にiPhoneが登場して、簡単に記録ができ、万歩計もiPhoneがやってくれるし便利になった。が、なんだかモチベーションが下がっていったように記憶している。デジタルであまりにも便利になると、リアル感(達成感)が薄れていくのだろうか。

美味しい食事、ビールもワインも大好きな私にとってダイエットは身近なテーマなのです。
ゆきつもどりつの繰り返し。

この著書に話を戻します。

「運動はスムーズにやせていくための体の土台づくり。そのもので体重が減る効果は小さい」「食事を管理することが大切」「食べて良いカロリー量の算出方法」など、身体とダイエットの関係を論理的に理解でき、具体的な方法を示しています。

『黒板とワイン』〜もう一つの学び場「三田の家」

私が、そして共に活動する者たちが、来訪者に「三田の家とはどんな所ですか?」と尋ねられる時、私たちは現場にいながら、」いつも答えに窮してしまうのです。立ち尽くしてしまうのです。相手によって、状況によって、さまざまに言葉を変え、意味づけを試みようとするのですが、三田の家は、いつも、指先から空しく零れ落ちていく。やるせなく、「こんなところです」と。その空虚を指し示すことしかできません。
『黒板とワイン』(「三田の家、この豊穣なる空虚」熊倉敬聡・記述) p.4)

「空虚と指し示す」との説明であるが、この章のタイトルにもあるように、むしろ「豊穣なるもの」を感じる「三田の家」。私は、その場を想像しながらこの著書を読み進めたが、浮かび上がるのは、形にとらわれない、目先の目標などないけど、場の存在そのものが目的あるが如く様々な人々が行き交うシーン。

「三田の家」に関わった人たちの共著。他に「不定形」「あわい」「創造的な欠如」というキーワードも登場する。

「不定形」は「場」が単なる区切られた空間ではなく、人々が感じるそこに見出す”すき間”とか”時間”のようなものか。

「あわい」は、それぞれに学生だったり、仕事があったり、肩書きがあったり、家族の位置があったり、でも一人の生活者。入り混じりながら佇む出会いの場。

「創造的な欠如」は、本来あるものがそこにはないこと。住居、カフェ、オフィス、会議室にもなるのに、普段は何もない。無いから創り上げる。創造的であるから何にでもなる場が出現する。

なんて豊穣なのだろうか、と思う。
但馬コネクションシェアハウス「江原101」もそうありたいと思う。
いつも考えている「どんな所なのですか?」の答えを見つけたような気がする。

果たして「三田の家」ってどんな家なのでしょうか。

三田の家LLP(有限責任事業組合)
三田の家

『全ロック史』 西崎 憲・著

一般的な本三冊分ほどの分量になるので気の長い読書になるだろう。あるいは短い旅のようなものになるかもしれない。そして旅が人間を少し変える可能性があるように、本書もあるいはあなたを少し変えるかもしれない。いずれにせよ本書はロックミュージックについて書かれた本であるが、同時にロックミュージックに魅力を覚えたあなたについて書かれた本でもある。
『全ロック史』 西崎 憲・著
(「はじめに」より p10)

500ページの分厚い本。確かに三冊分、いやそれ以上あるのが実感。
夜寝る前にベッドに潜り込んでちょっとずつ読む。
2ヶ月ぐらいかかっただろうか。
睡魔がすぐにやってくる性分となんせ本が重いので。^ ^;;

19世紀後半から20世紀初頭のアメリカの大衆音楽から「旅」は始まる。ロックの始まりに直結したのはブルースとカントリーミュージック。そこに第一次世界大戦前後に黒人たちが南部から北部へ移動し、多数を対象にした路上やクラブでの演奏、電化した楽器を使う。「都市」がロックの萌芽となる。

ロックの最初の形は、ロックンロール。ビル・ヘイリー、チャック・ベイリー、エルビス・プレスリーへと繋がる。

ブルースやロックンロールが1950年代にイギリスへ渡り、1950年代にジョン・レノン(後にビートルズ)、グラハム・ナッシュ(後にホリーズ)、ジミー・ページ(後にレッドツェッペリン)たちがバンドを結成。(まだまだたくさんのロックミュージシャンも)
ここから、ビートルズ、ローリングストーンズ、フーへと繋がる。ギターのエリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ページ、、、、(ああ、全盛時代の幕開けですね)

アメリカは1960年代にイギリスから逆輸入のような形で、ボブ・ディラン(エレキギター)、ジミ・ヘンドリックス、ビーチ・ボーイズが活躍。

などなどなど、こんなの書いていたら何百行にもなってしまう。
どうしよう??

私が付箋をつけたところのミュージシャンだけ紹介(名前だけだけど)していきますね。

・グラムロック〜マーク・ボラン(T・レックス)、デヴィッド・ボーイ、ロキシー・ミュージック
・パンクロック〜ニューヨーク・ドールズ、パティ・スミス、セックス・ピストロズ 
・現代音楽〜ジョン・ケージ、シュトックハウゼン、ブーレーズ
・ミニマルミュージック〜テリー・ライリー、スティーブ・ライヒ、ブライアン・イーノ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、マイク・オールドフィールド
・分野不能のバンド(??)〜クィーン
・ヘヴィーメタル〜ヴァンヘイレン、ガンズ・アンド・ローゼズ
ソフトロック〜キャロル・キング、ビリー・ジョエル、エルトン・ジョン、ジャーニー

ロックのジャンルは厳密な分け方は理解していませんので、筆者の著述通り。
後半はジャンルにも、時代とロックの繋がりにも、バンドにも、全ていけない。( ; ; )

ハード・コア、プログレッシブメタル、マッド・チェスター、シューゲイジング、、、まだまだあるある。ジャンル名そのものを初めて目にする。地図のない世界に入り込んだよう。(これが筆者が言う旅でしょうか)

最終番に「ロックと人種・階級・ジェンダー」「ロックと経済」、最後の章は「ロックとは何か」で締めくくられているが『全ロック』を一括りにするのは不可能。

筆者も最後のページで「結論のないのが結論のようなもの」と記述し、認めている。

聴き込んだバンドもいっぱいあるが、全て知っていたわけではないので、紹介されているアルバムで気になったものを聴いてみようと思う。
(今日のブログも何を書きたいのか、伝えたいのか、分からないものになってしまいました。そもそもその混沌がロックですね。)

懐かしの”グロービス”時代

書斎の本棚が本と書類でいっぱい。
いよいよ一部移動しないと新たな本やファイルが収まらなくなってきた。

何を移動するか悩んだ末に、まずはグロービス時代の教材ケース・スタディを移動しよう。
もちろん捨てられない。

2001年〜2005年にビジネス・スクールのグロービス東京校に通う。
この5年間は集中して経営について学ぶ。1992年に先代社長(父)から経営を引き継ぐ。バブル崩壊の厳しい舵取りをしながら、改めて経営の基本を学びたいと言う思いでグロービスに入学。いわゆるMBAの教科を受講する東京通いが始まった。

1ヶ月に最低2回東京へ、と言う生活が始まる。
その2、3年前に借りていたマンションが大いに役立つ。一緒に学ぶのは基本的に大手企業の若手中堅ビジネスマン。名刺交換するとみんな知っている有名企業ばかり。三菱商事、伊藤忠、ゴールドマンサックス、ソニー、リクルート、ベネッセ、沖電気、新日鐵、伊勢丹、資生堂、、、、。特に三菱商事のS君とは、その後家族ぐるみで一緒にイタリア旅行に行ったりと、今でもかけがえのない仲間。毎回クラスが終わると近くの居酒屋でいっぱい飲んで帰ったのが懐かしい。

KOH’s VIEW 「グロービスで学ぶ」 2005/4/21

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 240115_globis-2.jpg

2週間毎にクラスがあり、最終講はレポートを提出して3ヶ月で1教科が終了する。

教材はすべてハーバード・ビジネス・スクールのケース・スタディ。
英語原本もすべて配布されるが、日本語訳のものでクラスは進む。

人生で何かに集中して取り組むことはいくつかあるが、40代のこの時期はこのグロービスにコミット。ケース毎に「あなたがこの会社の社長ならどうする?」と言う形式。ケースを読み、データを読み込み、着目点を決め、実行するための戦略・戦術を練る。週末の土日はほとんどケースと向き合い、結論を導き出し、次回のクラスに臨む。クラスではディベート形式でそれぞれの意見を述べ合う。正解はない。

これはBusiness Strategy(経営戦略)の私の最終回レポート。(思い出いっぱい!)
「英国EMIのスキャナー事業はアメリカにいかに進出すべきか?」と言うケース。

今回の移動は、このケース・スタディの教材とそれに対するレポート。今、久しぶりにパラパラとページを繰って見ると、これだけやったのかと我ながらに驚く。

私にとって有意義に過ごした大切な人生の1ページ。

『誰が国家を殺すのか』 塩野七生・著

この頃では大衆迎合政治という意味でポピュリズムというらしいが、昔の日本人が翻訳した「衆愚政」のほうが的を射ているのではないか。愚かになったのは大衆だけでなく、指導者たちまでが愚かになったのだから。それに、大衆の考えが正しければ迎合してもいっこうに不都合ではないが、怒りと不安に駆られ、それを他者に責任転嫁する一方になってしまっては、正しいはずはないのである。ポピュリズムという、誰に責任があるかはっきりしない名称よりも、衆愚政としたほうが適切と思う。政治家も有識者もマス・メディアも行政担当者もふくめたわれわれ全員が、「愚か」になってしまったという意味で。
『誰が国家を殺すのか』 塩野七生・著
(「民主政が「取り扱い注意」と思う理由」より p73)

『文藝春秋』2017年10月号〜2022年1月号に投稿したもの。

2000年前のローマでは、4年でコロッセウムを完成させたのに、現代のイタリアは病院一つ建てるのに30年かかってしまう、と嘆く。公共事業を採算度外視してもやるのか、需要の見込みがたたないとやらないのか。つまり「政治」と考えるか、「経済」と考えるかの違い。

との命題から始まる。

「諸行無常、盛者必衰」の人間世界の「理」を、歴史上の政治家や民衆を例に出しながら「国家」を問うていく。

現在は私たちは、日本政治の朽ちた現実を目の当たりにしている。
「選挙のための政治ではなく、日本のあるべき進べき道を示す政治」にしなくてはならない。

『戦争と外交の世界』 出口治明・著

僕たちひとりひとりは、単なる揺れる草木の一本かもしれません。しかし、どこの国でも市民みんなが賢い草木になれば、軽はずみに隣国の指導者をポカリと殴るような支配者が、選ばれることは少なくなるように思います。戦争と外交の歴史は、僕たちの人生の歴史と合わせ鏡のような関係にあるような気がします。
財産や恋人をめぐる争い、横暴で強欲な隣人や上司との人間関係など、それに対応する知恵もまた、戦争と外交の歴史の中に隠されています。
『戦争と外交の世界史』 出口治明・著
(「おわりに」より p430)

「1万2000年前のドメスティケーション(定住し支配する)ことに目覚めて以来、人間はその後の進化がない」で始まり、日露戦争の時に伊藤博文がとった作戦(アメリカに終結の斡旋を依頼)の事例までを紹介している。人類の戦争、殺戮と終結するため、あるいは終結後にとった条約などの外交の成功と失敗、その難しさが書かれている。

古代エジプトとヒッタイト(BC13世紀)、宋とキタイ(11世紀)、帝国とオスマン朝(15世紀)、フランス革命、アメリカ南北戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦、と続く。

戦争の終結のための条約の難しさ(双方の思惑が交錯するいい加減さ)、終結のための条約が次の新たな紛争を生じさせる、その繰り返しであることがよく理解できる。

ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマス(パレスチナ)の殺戮と同時代に生きている現在、その終結に結びつくためには。政治の責任は大きい。政治家を選ぶのは市民である。

さて。

『但馬日記』 平田オリザ・著

新しい風が吹く
東京から兵庫県の小さな町に移住した理由は「転勤」⁈
文化による地域の再生は可能か?
濃密に語られる3年半の記録!
『但馬日記』 平田オリザ・著 
帯紙より

9月12日に発刊された『但馬日記』。オリザさんから発刊直後に頂き読了。ブログにアップしようと思ったまま日にちが経ってしまいました。語られた3年半の記録の傍には、結構ご一緒させていただいていたので、何をご紹介しようかと逆にハードルが高くなってしまいました。

オリザさんが初めて豊岡に来られることになった市民プラザ主催のワークショップに参加し、ご挨拶したのが最初の出会い。その後の展開が記録されています。

城崎国際アートセンター、小学校のコミュニケーション教育、江原河畔劇場、そしてオリザさん家族と主宰する劇団青年団の豊岡市への引越し、豊岡演劇祭、そして芸術文化観光専門職大学設立、学長就任へと続いていく一連の流れが「日記」として綴られています。

一筋縄ではいかないのが世の常。
その間にコロナ禍に直面し演劇界大打撃を受け、2021年の豊岡市長選の対立構造に巻き込まれていく過程が、生々しく語られています。

「日記」風に語られていますが、地域再生に果たす芸術や文化の役割論、さらに芸術文化観光専門職大学の第1期生を迎える入学式での「学長挨拶」は必読。オリザさんの生き方、哲学が書かれています。