和歌山の旅(その3)

白浜で一泊し、3日目の朝。
何度見ても太平洋の水平線は感動する。

この海域は「紀伊水道」でもある。
江戸時代には大阪と江戸を多くの船が往来したことを想像すると、一層興味が湧く。

三段壁洞窟(さんだんべき どうくつ)(西牟婁郡白浜町2927-52)。

三段壁は火成岩、運鉱岩、崩壊岩の3種類の岩質で構成さる。海に面した長さ2キロ、高さ50メートルの岬で海底火山が運動し壮大な崖を形成。太平洋の荒波が刻み込んだ。

三段壁洞窟は、平安時代の熊野水軍(源平合戦に参戦。壇ノ浦の戦いでは源氏に味方し勝利に導いた)が船を隠した洞窟と言われている。

熊野灘の波が激しくぶつかり合う光景が間近に見られる(恐くなるくらい)。熊野水軍番所小屋が再現され当時が偲ばれる。

白浜に来たらぜひ立ち寄ってみたかった「南方熊楠記念館」(西牟婁郡白浜町3601-1)

南方熊楠
和歌山県が生んだ博物学の巨星。東京大学予備門中退後、19歳から約14年間、米英を遊学。さまざまな言語の文献を使って、国内外で多くの論文を発表した。研究の対象は、粘菌をはじめとした生物学のほか人文科学など多方面にわたり、民俗学の分野では柳田國男と並ぶ重要な役割を果たした。生涯、在野の学者に徹し、地域の自然保護にも力を注いだエコロジストの先駆けとしても注目されている。
(南方熊楠記念館パンフレット より)

学生時代に稲垣足穂の本を読んでいて、確か南方熊楠のことを称賛していたのがずっと頭にあって、その後、熊楠について関心を持っていた。今回の訪問で、熊楠の生き方、実績を知り、改めてしっかりと学びたいと思う。(ひょんなことから稲垣足穂も思い出した。こちらも再度読み返してみたくなる)

記念館の建物もなかなかいい感じ。(熊楠を連想させる?)
設計はシーラカンスアンドアソシエイツ

何と言っても熊楠に触れること、建物に興味がある、ロケーションが抜群(番所山公園内にあり、屋上から眺める太平洋、神社合祀反対運動で熊楠が守った森のある神島が見える)など、訪問してみる価値高し。

白浜に来たら寄らなくてはと思っていたのが「ホテル川久」 。

お目当ては、宿泊ではなくエントランスロビーにある左官の久住章さんが制作した漆喰の柱。大理石を思わせる超絶技巧を駆使した巨大な円柱。現在は、KAWAKYU MUSEUMになっていて有料で入場しないといけないので、写真は遠慮して撮らず。柱はこちらを見てください

このブログでも「久住章さん〜シュトックマルモ技法って?」で紹介しています。

いよいよ今回の和歌山の旅も終わり。
最後に立ち寄ったのが「南紀白浜とれとれ市場」。混雑は覚悟していたが、想像以上の来場者。食事をしようにも長蛇の行列で待たなければならない。寿司コーナーは別の行列で比較的並びも少なかったので「寿司盛合せセット」で。地元の漁協がやっているので、新鮮は魚介類はもちろん、海産物いっぱい。これなら大繁盛なのは理解。

食べて、南紀名物(?)の「ツメバイ」買って、少し早いけど家路につく。

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