ベーゼンドルファーを弾く

Bösendorfer(ベーゼンドルファー)

ウィーンのピアノ製作者 イグナーツ・ベーゼンドルファーによって1828年に創業される。数々のヴァーチュオーゾに愛用されてきた歴史あるピアノとして有名。スタインウェイと人気を二分する名器。

調べると、クラシックではヴィルヘルム・バックハウス、ジャズではオスカー・ピーターソンが愛用したことで有名とある。確かにあの大柄で強烈なオスカー・ピーターソンのタッチに耐えるにはそれ相当のピアノでないとダメだろう。(あまり本質的な評価ではないですね)(^^;;

もう35年ぐらい前になるが私はこの日高文化体育館(豊岡市)にあるベーゼンドルファーを使ったコンサートを仲間と企画。ジャズピアニストの加古隆さんのソロピアノ、2回目はカルテット(piano、base、drums、percussion)のコンサート。会場には約800名の市民に聴いていただく。

余談になるが、加古隆さんを知ったのは、私が学生時代、新宿のライブハウス「Pit Inn」でパリ留学帰りの加古隆さんのトリオ演奏(アバンギャルドなフリージャズ)を聴いたのが初めて。その後、何年か経って日高文化体育館にベーゼンドルファーを寄付(会社より、当時社長であった私の父)をさせていただき、ベーゼンドルファーを愛用されていた加古さんと再会することになりました。(身の回りの出来事を振り返ると、いつも不思議なご縁を感じる)

いよいよ本題。(これが書きたかったのです)

このベーゼンドルファーの維持管理の目的も兼ねて、日にちを定めて市民に無料開放している。以前からなんとなく知っていたのですが、まさか「自分も行って弾こう」なんて思いもしなかった。そこへ、私のピアノ師匠から「明日、ベーゼンの無料開放日よ」との一報が入る。

その一言(ひとこと)で、他人事(ひとごと)が自分事(わたしごと)になりました。(^ ^)v

鍵盤は軽くとても弾きやすい(家のピアノは湿気の所為か重い)。
一つ一つの白鍵の幅って、全ピアノ共通なんでしょうか?(錯覚?)
少し幅広で弾きやすく感じる。
空調管理した楽屋に保管されているので、落ち着いて集中して練習できそう。

ピアノにとって、文化体育館にとって、市民にとって、こんないいことがあるなんて気づきませんでした。(せっせと活用させていただこう、っと)

日高文化体育館(豊岡市日高町祢布954-6、TEL: 0796-42-2505)
ピアノ無料開放日

「天明六年」と刻んだお墓を調べると

お墓参り。江原地区の墓地奥には、それなりに太い幹に育った何本かの古木がある。枝は伸び放題、地面からはササと雑草で覆われてしまう。今年は念入り(と言っても私なり)に、お墓の掃除をしてお盆を迎えた。

江原墓地内に3ヵ所に別れてお墓がある。

古い墓石をよく見ると「天明六丙年」と刻んである。「六」と「丙」と「年」の間隔と左右のズレが少し気になるが、ともかく調べてみよう。

「天明6年」は、確かに「天明六年丙午(ひのえうま)」とある。西暦では1786年。今から236年前。

私は13代目なので、1世代の年数を30年として約8世代前。つまり、わが家の第5代目ぐらいの先祖さん(こんな計算したのは始めてだ)。上部にある梵字(?)戒名(?)読めないのが情けない。

ついでに「天明六年」はどんな年だったのだろうか。

田沼意次(66才)、杉田玄白(53才)、伊能忠敬(41才)、鶴屋南北(31才)、松平定信(28才)、葛飾北斎(26才)、、、こんな人たちが現役で活躍した時代なんだ。3年後には寛政元年、つまり老中松定信が主導した「寛政の改革」の幕政改革真っ只中なんだ。

1786年、世界は?
10年前の1776年は、アメリカ独立宣言。ヨーロッパでは英仏通商条約の締結。英仏植民地戦争の末、英仏間の自由貿易協定を結ぶ。結果としてフランス国内産業が大打撃を受け、フランス革命への伏線となる。ナポレオンは17才(砲兵士官として任官)、もう一つにおまけに、モーツァルトがオペラ『フィガロの結婚』を初演した年。

お墓に刻まれた年号「天明六年」をキーにして調べてみると、日本と世界の歴史が身近に感じられる。

もう2つ、もっと古い墓石があるが、残念ながら年も名も分からない。

その時代を探ってみながら、先祖がどんな時代をどんな風に生き抜いて来たのかを思い浮かべてみる。こんな風にお盆を過ごすのもいい。

“Hubris” Richard Beirach

Richard Beirach  “HUBRIS”

Richard Beirach  : piano

1. Sunday Song
2. Leaving
3. Koan
4. Osiris
5. Future Memory
6. Hubris
7. Rectilinear
8. The Pearl
9. Invisible Corridor/Sunday Song – Monday

Recorded on June 1977

今年のピアノ発表会はリッチー・バイラークの”Sunday song”を演奏します。ピアノを始めて4年目。現在、猛練習中と言いたいが、その日によって途切れ途切れ。

人生でいつの日かピアノを弾いてみたい、ジャズのアドリブをやってみたい、との思いを今実行している。(告白した以上、もう後には引けないぞとの決意表明)

1年目は、Sonny Clarkのアルバムで有名な”Cool Struttin'”、2年目は、誰もが知っているスタンダード”Autumn Leaves”、3年目は、”When You Wish Upon a Star”を弾き語りで。

発表会の前は必死で練習してなんとか弾けた(と思う)のに、終わると途端に弾けなくなるから情けない。まだまだ、精進が足りない(理想とほど遠い道のり)と痛感の日々。

この曲”Sunday Song”には、思い入れがある。自分の子どもが産まれたら「その子の曲」と決めて毎日それを聴かせて、音楽を愛し楽しんで欲しいとの願いを込めて。もう40年以上前の話だが、長男も次男もどうやら音楽好きな生活を送っているようだから、まあ良しとしよう。

そんな話題をもう17年前のこのブログ”KOH’s VIEW”にも書いている。まさか、その曲”Sunday Song”を自分で弾くことになる(する)とは。これも新たなチャレンジ。

『復活への底力』 出口治明・著

僕自身はと言えば、「人生は変化に富んでいるなあ。川に流されるように生きていても、岩にぶつかったりする。思わぬ展開にも一所懸命に対応する方が面白いし」などと作業療法士の方から見れば大変な作業も、とにかくやり続けようと楽観的に考えていました。
『復活への底力』 出口治明・著
(第3章 「リハビリ開始と折れない心」 p72)

私がいつも注目している出口治明氏の闘病期の一コマ。出口氏は2021年1月に突然に脳卒中に見舞われ、右半身麻痺の状態になる。その後復帰するまでの顛末をこの本にされている。

私自身も、2016年に台湾で交通事故(朝ウォーキング中に車に撥ねられる)にあう。突然の事故で「死」と直面した経験がある。3日間集中治療室に入れられ、台湾で入院、帰国後頭部手術、入院と続き、元に戻るのに約2年間を要した。

病気と事故との違いはあれ、突然発生した「変化」(岩にぶつかる)に、私も向き合った。「思わぬ対応」を強いられるが、これも人生の流れと思い、楽観的にいられる自分が不思議でもあった。加害者を憎むわけでもなく、一歩立ち止まって人生を見つめ直す時間を与えられたと感謝する気持ちすら湧いてきた。

・「流れ着いた場所では、運と適応が大切。どんな意欲を持ってどんな世界にしたいと思って動くか、自分の意思次第」
・「生きていくための知恵は、不幸といかに向き合っていくかの知恵とも言える」

出口氏の普段の好奇心、教養、迷った時はやるの決断、ポジティブな生き方は私の目標でもある。

副題の「人生は楽しまなければ損です」に、出口氏の思いが集約されていますね。

誕生祝いとカブトムシ

私の誕生日7月6日は平日だったので、土曜日の今夜、お祝いを兼ねて夕食を家族一緒に食べようと企画してくれた。

この4と2と8のロウソクは何だい?
6のロウソクがなかったので「4+2=6」なんだって。孫の機転に感心。(^ ^
プレーンなケーキなんだけど、中にピーチがたっぷり。妻には大いに感謝だ。

急に場面が変わって、何でカブトムシ??
実は今朝、蛹(さなぎ)から成虫に脱皮(?)したそうな。
「おじいちゃんと同じ誕生日だ、一緒にお祝いしよう!」と昆虫好きの孫が虫カゴから取り出して見せてくれた。まさかカブトムシと一緒にお祝いをしてくれるなんて。

カブトムシの幼虫は、5月ごろに孫が通っているピアノの先生からもらったもの。そんなことすっかりと忘れていたけど、孫は虫カゴでしっかり育てていたんだ。

この力強い脚と角(つの)、そしてツヤツヤした生まれたてのカブトムシ。
予期せぬ誕生日の祝いになったけど、むしろこのカブトムシにあやかりたい気持ちがフツフツと湧き上がる。

さーて、やるか!

昨日は、たくさんの誕生日のお祝いメッセージをいただきました。いつも会っている友人、約20年前にビジネススクール(グロービス)で学んでいる時の友人(年齢として後輩たち)、また地域で何かとお会いしたり、お世話になっている方(先輩たち)などからのメッセージは、いろんなことを私に思い起こさせてくれる。感謝!

何と言っても、40年間、経営者として活動できたのも、その間に出会った人たちから刺激を受け、議論し、助けられ、遊び、飲み、励まし合ってこれたから。会社の重心は後継者に移り、私とはまた一味違う感性で新しいチャレンジが始まっている。激変する地球環境、世界の情勢、パンデミックに対応するサポートを行なっていきたい。

部屋は音楽だらけ。ジャンルを選ばず(ジャズ、ロック、クラシック、民族音楽、J POP)レコードとCD多数。最近はダウンロードして私のiPhoneは魔法のミュージックボックスと化している。3年前に始めたピアノ。昔のギターも引っ張り出す。楽譜は学生時代から何となく購入したものが多数。(「買って」「弾いている気分」を味わう幻想の塊)。これからは少し本腰入れて、楽しもうと決意している。

誕生日に思う

7/6午後の自宅裏の北側風景。堤防敷設以前には、ケヤキ林の手前の敷地に祖父母の家があった。

You can’t connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life.(Steve Job’s 2005 Stanford Commencement Address

68歳の誕生日。
友人からどんな気分?と訊かれたけど、その気持ちは一言ではまとまらない。その時、ふと浮かんだのがスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学スピーチの一節。”Connecting The Dots”。

私の思い(経験)を込めて解釈すると、

先を見通して点(今)を繋ぐことはできないけど、振り返ってみると、様々な点(経験)が繋がって、今があるんだな、とつくづく思う。
それは意図したものではなく、偶然であったり、必然であったり、全く予期していないことに繋がったり。
仕事もプライベートも、出会いに恵まれ、運が良かったなあ、とつくづく思う。
これからも点と点がつながることを信じて生きたい。

7/6午後の自宅裏南側風景。高校時代までは堤防はなく、少年時代は家から河原までは田んぼと畑、豚を飼っている小屋もあった。夏休みには泳ぎ、釣りもした。

昨年、ある建築家の講演会で聴いた言葉。
「私は95歳まで生きる。そう決めて何をやるのか考えている」

これを聴いた瞬間、「よし!私も95歳まで生きることにしよう」と決めた!

昨年聴いた時は66歳(誕生日前)。単純に今の自宅(今年が築30年)に29年住み、95歳まであと29年ある。ちょうど折り返し地点じゃないか。単純明快、シンプルな閃きと信念。

そう決めると、世の中が違って見えてくるから不思議なもんだ。
何かワクワクしてくる。

以前から温めていた「したいこと」「しなければならない」こといっぱいあり。
自分自身のこと、住んでいる地域のこと、地球(世界)のこともちょっぴり考えながら行動したい。

皆さま、これからもよろしくお願いします。

再開しなくては(コロナは続く)

再開しなくては、再開しよう、と思いながら長い時間が経ってしまった。
その間、頭の中ではいろんなものが駆け巡り、コロナは続く。
何かきっかけがあれば、と思いつつ。

きっかけは、庭の植物。
水溜りをつくり、人生初の野菜畑を耕し始めて3年目の春。
植物たちは、何も言わずに、さらに輝きを増して成長している。

少しずつ、再開しよう。

誕生日に感謝

3頭の馬。今年の干支ではないけど「午年」なので。息子も孫も午。

66回目の誕生日。

食事を一緒にしながら祝ってくれた家族。
メールやSNSでお祝いの言葉をいただいたたくさんの友人・知人。
感謝、感謝、感謝です。

Beatlesの”When I’m Sixty-Four”を聴きながら迎えた64回目の誕生日に立てた目標。

第一に健康管理 〜 ストレッチ、ウォーキング、ダイエット
第二に趣味再開 〜 音楽(Classic、Jazz、Rockの歴史とリスト作成、ピアノ)
          スポーツ(ゴルフ、カヌー川下り)
          旅行(海外、国内、数回)
          茶道
第三に環境整備 〜 庭の植栽整備と畑開始
          住環境の整理整頓
第四に地域貢献 〜 但馬コネクションの継続
          地域活動(兵庫・但馬・豊岡への貢献)

さてさて、2年経って実行、達成は???
完璧ではないけど、実行率は70%ぐらいか。
ちなみに全くダメなのが、ダイエットと茶道。
まだまだなのが、地域活動。

たくさんのお祝いの言葉ありがとうございました。
これからも皆様からのご鞭撻をよろしくお願いします。