地方観光の将来は?〜神戸新聞政経懇話会

神戸新聞但馬懇話会の総会と講演会に参加。会場は但馬空港多目的ホール。
メンバーは1市5町の商工会、商工会議所の会員や各市町長、県会議員など、政治・経済関係者。

総会後の講演会。講師は鳥海高太郎 氏(航空・旅行アナリスト)。鳥海氏は、テレビ番組のコメンテーターとしてよく見かける人気アナリスト。自ら国内外を旅しながら、現地からレポートする。曰く「パソコンとWi-Fi(ネット接続)があれば、どこにいても仕事ができる」と。

「城崎温泉」を前提にして、東京・京阪神からの交通機関の現状を一覧。鉄道旅なら姫路城とのセットで、飛行機旅なら鳥取エリアとのセット、車旅なら天橋立とのセットという提案。

但馬在住の私の経験からしても、この提案は賛成(納得)です。我が家に来る外国人(旅している)は結構姫路城を訪ねる。鳥取とは山陰海岸ジオパークや但馬牛、松葉ガニ、蕎麦、田舎料理など、もっともっと自然景観と食で勝負できると思う。丹後半島も知ればなかなか興味深い歴史、集落、産業、食がある。

最高級とまではいかなくても、旅の楽しみは、泊まってみたいホテル・旅館があると最高だ。今夏の和歌山の旅でも実感している。

紀州で気になった木

熊野本宮大社の神門の脇にたつオガタマノキ
漢字で書くと「招霊木」。招霊(おきたま)が転じて「オガタマ」になった。

分類はモクレン属。
日本のモクレン科の中で唯一の常緑樹。

説明書きにもあるように、神木、霊木として神聖視されている。この木の実を象ったものが神楽舞の鈴というが、どんな実なんだろう?(庭木図鑑植木ぺディア
ちなみに神楽舞の鈴。(Amazon価格入りで恐縮です)

熊野那智大社のクスノキ「那智の楠

樹齢約850年、樹高27m、幹回り約8.5m。根幹部は空洞化している。熊野三山造営の勅使として参った平重盛の手植えの楠と伝わる。

根幹部の空洞を通り抜ける「胎内くぐり」。

備え付けの「護摩木」「祈願絵馬」に願意と氏名を書き奉持して入り、出口の護摩木・絵馬掛けに納める。

和歌山の旅(その3)

白浜で一泊し、3日目の朝。
何度見ても太平洋の水平線は感動する。

この海域は「紀伊水道」でもある。
江戸時代には大阪と江戸を多くの船が往来したことを想像すると、一層興味が湧く。

三段壁洞窟(さんだんべき どうくつ)(西牟婁郡白浜町2927-52)。

三段壁は火成岩、運鉱岩、崩壊岩の3種類の岩質で構成さる。海に面した長さ2キロ、高さ50メートルの岬で海底火山が運動し壮大な崖を形成。太平洋の荒波が刻み込んだ。

三段壁洞窟は、平安時代の熊野水軍(源平合戦に参戦。壇ノ浦の戦いでは源氏に味方し勝利に導いた)が船を隠した洞窟と言われている。

熊野灘の波が激しくぶつかり合う光景が間近に見られる(恐くなるくらい)。熊野水軍番所小屋が再現され当時が偲ばれる。

白浜に来たらぜひ立ち寄ってみたかった「南方熊楠記念館」(西牟婁郡白浜町3601-1)

南方熊楠
和歌山県が生んだ博物学の巨星。東京大学予備門中退後、19歳から約14年間、米英を遊学。さまざまな言語の文献を使って、国内外で多くの論文を発表した。研究の対象は、粘菌をはじめとした生物学のほか人文科学など多方面にわたり、民俗学の分野では柳田國男と並ぶ重要な役割を果たした。生涯、在野の学者に徹し、地域の自然保護にも力を注いだエコロジストの先駆けとしても注目されている。
(南方熊楠記念館パンフレット より)

学生時代に稲垣足穂の本を読んでいて、確か南方熊楠のことを称賛していたのがずっと頭にあって、その後、熊楠について関心を持っていた。今回の訪問で、熊楠の生き方、実績を知り、改めてしっかりと学びたいと思う。(ひょんなことから稲垣足穂も思い出した。こちらも再度読み返してみたくなる)

記念館の建物もなかなかいい感じ。(熊楠を連想させる?)
設計はシーラカンスアンドアソシエイツ

何と言っても熊楠に触れること、建物に興味がある、ロケーションが抜群(番所山公園内にあり、屋上から眺める太平洋、神社合祀反対運動で熊楠が守った森のある神島が見える)など、訪問してみる価値高し。

白浜に来たら寄らなくてはと思っていたのが「ホテル川久」 。

お目当ては、宿泊ではなくエントランスロビーにある左官の久住章さんが制作した漆喰の柱。大理石を思わせる超絶技巧を駆使した巨大な円柱。現在は、KAWAKYU MUSEUMになっていて有料で入場しないといけないので、写真は遠慮して撮らず。柱はこちらを見てください

このブログでも「久住章さん〜シュトックマルモ技法って?」で紹介しています。

いよいよ今回の和歌山の旅も終わり。
最後に立ち寄ったのが「南紀白浜とれとれ市場」。混雑は覚悟していたが、想像以上の来場者。食事をしようにも長蛇の行列で待たなければならない。寿司コーナーは別の行列で比較的並びも少なかったので「寿司盛合せセット」で。地元の漁協がやっているので、新鮮は魚介類はもちろん、海産物いっぱい。これなら大繁盛なのは理解。

食べて、南紀名物(?)の「ツメバイ」買って、少し早いけど家路につく。

和歌山の旅(その2)

熊野三山の一つ、熊野那智大社

古来当社はご祭神「熊野夫須美大神」の御神徳により「結宮(むすびのみや)」と称され、人の縁だけでなく諸々の願いを結ぶ宮として崇められました。那智御瀧は自然を尊び延命息災を祈る人が多く、また八咫烏の縁起によりお導きの神として交通・海上の安全の守護を祈り、さらに御神木の梛の木は無事息災をあらわすものとして崇められています。熊野の自然と共に神々の恵み深い御神徳のある神社であります。
(熊野那智大社HPより)

那智大社より那智の滝を望む。
那智の滝は、日本一高い滝(133m)。滝そのものが「飛瀧神社」の御神体。
手前の三重塔とのコントラストが美しい。

太地町立「くじらの博物館」。太地町と言えば捕鯨。小鯨(イルカなど)の追い込み漁などの発祥の地として知られる。反捕鯨団体が抗議活動を行なって話題にもなった。

江戸時代に始まる古式捕鯨の歴史、漁に出る前の儀式、など捕鯨文化を知ることができる。

歴史や文化を知るだけでなく、いろんなアトラクションもあって大いに楽しめる。

一直線に奇岩が並んだ橋杭岩(東牟婁郡串本町)。

1400万年前、地層の割れ目に沿ってマグマが上昇し火成岩となり、その後全体が隆起し黒潮で回りの泥岩が流され硬い火成岩が残ったといわれている。
和歌山文化情報アーカイブ事業「和歌山県ふるさとアーカイブ」より

古座川の一枚岩(東牟婁郡古座川町相瀬)。
一枚の岩盤としては国内最大級(高さ約100m、幅約500m)。

一枚岩の下を流れる古座川の清流。
孫Kは、ここで泳いだのが一番楽しかったようだ。
(ここはぜひ水着を持って再訪したい)

二日目の宿泊は白浜。
花火大会が終わって静かになった砂浜。

私にとって今回の旅のテーマは「ジオ和歌山」
熊野の山々、海岸沿いの洞窟や橋杭岩のような奇岩、古座川一枚岩などの見学。
以前観たNHK番組「列島誕生ジオ・ジャパン」で、紀伊半島の超巨大噴火(カルデラ噴火)でできた地層を一度見てみたいという願望を密かに温めていました。

ジオを堪能した日となりました。

和歌山の旅(その1)

紀ノ川SA

孫Kのリクエストで和歌山への夏の旅。私にとって初めてと言って良い。(サラリーマン時代に社員旅行で白浜泊があるがほとんど記憶なし)。紀伊半島の地質にはとても興味を持っていたので私自身もワクワク。サービスエリアからの眺望だけでもテンション上がってしまう。

朝9:30マイカーで出発。豊岡自動車道→近畿舞鶴道→中国自動車道→(渋滞情報により道順変更し六甲山超えて)阪神高速湾岸線→阪和自動車道→上富田ICから国道311→熊野本宮大社の道程。15:30到着。

熊野本宮大社。
熊野信仰の発祥の地。1889年(明治22年)熊野川の大水害で多くの社殿が流出したが、2年後に移築、再建される。

鳥居を過ぎると参道の階段が続く。階段両側には「熊野大権現」と書かれた白旗が並んでいる。熊野大社と言えば「八咫烏」(やたがらす)。神武天皇を先導し、導きの神として信仰される(神武東征)。「八咫」とは大きく広いという意味。足が3本あるのが特徴で、天・地・人を表している。日本サッカー協会の必勝祈願シンボルとしても有名ですね。

初日の宿泊は那智勝浦。勝浦漁港に入ると虹が歓迎してくれました。宿は「ホテル浦島」、漁港を囲むようにある半島にあり、屋上に登ると漁港も太平洋も一望できる。

孫Kが「バイキング」にこだわるのでキッズプランで予約。ホテル名物の「大洞窟風呂」はなかなか良い。海面スレスレにある洞窟の風呂「忘帰洞」。お風呂だけでも泊まってみる価値ありです。

もう待ったなし〜庭と広場の水遣り

これ何だかわかりますでしょうか。
スプリンクラー(散水機のノズル)。
今春植えた芝生にとって初めての夏。

これだけ雨降らずの日照りが続くと本格的に散水が必要。
庭師さんが来てくれてセット完了。

庭の中も。
全部で6カ所に設置。

「虹が出た」なんて喜んでいる場合ではない。

8月の満月

今夜(8月2日)は満月。
年に何度かある「スーパームーン」と言うが、普段より大きく感じる訳でもない。
観る場所に依るのでしょうか。
※「スパームーン」=月の軌道中で地球に最接近したところにある満月。通常よりも約16%明るい。

2階ガーデンから観る満月

8月の満月をアメリカでは”Sturgeon Moon”(スタージェン・ムーン)と呼ぶ。
(sturgeon=チョウザメ)
五大湖でチョウザメの猟獲シーズンを迎えることから、アメリカ先住民がそう呼んでいたそうだ。

深夜1時15分

夜も更け、さらに高く上る満月。
すると、近所の家の瓦屋根が輝きだす。
秋冬の季節(満月の軌道が異なる)の深夜には、もっともっと広範囲の瓦屋根が輝く。
(いつかアップしたいです)

さあ、8月が始まった

自宅「広場」のケヤキに留まるアブラゼミ

アブラゼミ
ちょいと調べてみると

カメムシ目(半翅目)ヨコバイ亜目(同翅亜目)セミ科

名前の由来は、翅が油紙を連想させるため名付けられたという説や、鳴き声が油を熱したときに撥ねる音に似ているため、「油蝉(アブラゼミ)」と名付けられた説などがある。

へーぇ?カメムシの仲間なんだ。
「半翅目」は「はんしもく」と読む。
ヨコバイというのは言い得て妙である。確かにセミをじっと観察していると、ヒトの気配を感じると横向きに移動しながら警戒する。

「翅」は「はね」と読む。
鳥や虫のはねのこと。
私は油紙説に一票。


頭も身体も「猛暑」に身構える日々。
豊岡市(有線放送や拡声器で)も、不要不急の外出は控えるようにとアナウンス。

さあ、8月が始まった。

白いサルスベリ、茶色くなった芝生

白い花。
この木はなんだか分かりますか?
(答えはタイトルに書いてしまってますが)

青空バックに鮮やかに、そして涼しく感じる白いサルスベリ。

裏山をバックに、ちょっといい写真が撮れたのでアップ。

白い花のサルスベリに喜んでいる場合ではない。

この春に植えた広場の芝生が茶色に。
水遣りしなくては枯れてしまう。
猛暑に雨降らず。

今年もセンメリ家族がやって来た

センメリさんの夫と長女

センメリ家族がアメリカからやって来た。
コロナ中断したが、昨年に引き続きようこそ。

センメリさんとの出会いはもう30年以上も前のこと。
私の息子たちの家庭教師をお願いしたのが始まり。

30年経っても、気楽に来てくれて、気楽に迎え、気楽に食事を楽しむ。
センメリさんの長女は大学に入学。
とても可愛くて、日本語も達者。

「戦場のメリークリスマス」を弾くセンメリさん

食事が終わると、1階のホールに降りピアノ・タイム。

センメリさんは、その名の通り、坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」が持ち曲。今年は坂本龍一さんも亡くなり、今回はこれまで以上に気合が入った演奏が素敵でした。

江原_101の学生も一緒に。
友だち家族とCAT学生の出会い。

出会いが次の広がりに繋がっていく。