初 GRAND GREEN OSAKA

コンサートから一夜明けて、せっかくの大阪梅田なので、9月6日に一部先行オープンした「グラングリーン大阪」を散策してみました。

大阪駅北側のJR貨物の引き込みコンテナヤードで長年工事の目隠し塀に囲まれていたゾーン。通称「うめきた」の第2期再開発。第1期は2013年にオープンした「グランフロント大阪」

東京と比較しても決定的に緑地が少ない大阪市。特に梅田周辺は駅と商業施設とホテルが建ち並ぶ。そこにこの「うめきた公演」ができたのは大正解だと思う。まだ植えたての芝生は立ち入りができないが、噴水や周囲の庭園で遊ぶ子どもたちの姿が目に浮かぶ。

これまで梅田スカイビルは、大阪駅から距離のあるちょっと行き難いビルのように思っていたが、グラングリーン大阪ができて通勤などの人の流れが大きく変わったように思う。

今さら、東京に追いつけ、追い越せはないだろうけど(その発想も不要ですが)、ビジネス街としてショップ&レストラン街として、先端を行く梅田でもあって欲しい。

越中八尾(やつお)にちょっと立ち寄る

富山駅から車で約40分。
八尾(やつお)に立ち寄る。「やお」と読むと大阪になってしまうの注意。
高台から眺めた富山平野。これは富山に来るといつもこの風景が印象的。
山の幸、豊な水、まさに富める「富山」だ。

「富山市八尾おわら資料館」。合併して今は富山市なんですね。
資料館の方から「おわら風の盆」の説明を聞く。江戸時代から八尾が栄えた所以、「おわら」の語源、「風の盆」行事の地元の取り組みなど、歴史、生活の様子を丁寧に解説していただき、それだけで訪ねて良かったと思う。

調子に乗って。

八尾曳山展示館に立ち寄る。
毎年5月3日は「八尾曳山祭」、街中を6基の曳山が出る。

飛騨の山々から流れる多くの川が集まる地域で水害に悩まされてきた八尾。江戸時代に、川の氾濫から逃れようと住民が高台に町を開いたのが石垣の起源だそうです。

すっかり越中八尾にも魅了された今回の富山の旅。
今週末が「おわら風の盆」の本番。
いつか風の盆にも行ってみよう。

今年もやって来ました利賀村へ

「SCOT SUMMER SEASON 2024」。

今年もやって来ました。名物公演『世界の果てからこんにちは』の舞台となる野外劇場。夜の公演を前に準備が進む。建築家/磯崎新が設計した野外劇場。

夜の公演前に腹ごしらえしておこうとグルメ館へ。
中には、お蕎麦、カレー、台湾料理、タコス、ビール販売など屋台形式で並んでいる。

グルメ館「ごっつお広場」の前は、野外の休憩所(テント)や、奥にはキャンプ場があり、若者中心に大勢が宿泊する。昨年までは、村にはいくつかの民宿があったが、廃業したり、休業したりと今年はこの利賀芸術公園周辺には宿泊施設がなくなってしまった。サマーシーズンは賑わうがなかなか年間通して集客するのは難しい。村の現状はなかなか厳しいようだ。

『世界の果てからこんにちは』公演前に順番に並ぶ観客。

シェアハウス「江原101」の学生、建築集団「ガラージュ」のメンバーが大集合。利賀村で会うのは、なかなかエキサイティングだ。

開演を待つ観客。
富山県知事さんや地元南砺市の市長さん、国会議員も何人か観劇される。地域振興、地方に根付く演劇祭、過疎の現実と向き合う利賀村の現状など、視察も兼ねてなのか。

「花火が上がる演劇は世界でここだけ」と、鈴木さんの代表作「果てこん」。

公演後に舞台に登場される鈴木忠志。

「85歳を迎える。もう2、3年かも。どうか死ぬまで利賀村を楽しんで、よろしく」と鈴木さん。この言い回しは10年以上続いている。来年は東京から利賀村へ引っ越して50年になる「50周年」、盛大にやりたいとのコメント。まだまだお元気で続けて欲しい。

私は早稲田の学生の頃、「早稲田小劇場」時代から鈴木忠志の大ファン。それから半世紀近く経っても、こうして鈴木さんと会え、お話ができるのは奇跡としか言いようがない。私の人生の宝物です。

最後に舞台で「鏡割り」。日本酒が振る舞われる。鈴木メソッドを学ぶために海外からやって来た演劇人や外国人も多い。

まさに「世界の果てでこんばんは」というところか。(^ ^)

間髪入れずに富山へ

岩手から帰るとすぐに今度は富山へ。

目的は「SCOT SUMMER SEASON 2024」(利賀村の演劇フェスティバル)。演出家/鈴木忠志の劇団SCOT公演の観劇。

毎年通って今年で5回目かな。(昨年は夏に行けなかったので年末に吉祥寺で)

これまでは自宅(兵庫県豊岡市)から車で北陸自動車道走って砺波インターで降りて利賀村への険しい山道を登っていったが、今回は北陸新幹線が敦賀まで伸びたので新幹線での利便性を実感してみようとJR乗り継いで富山へ来る。

富山市でまず目に入るのがトラム(路面電車)。市内の交通手段として、豊岡にもトラムがあったらなあ、といつも思う。

富山城址公園。現在お堀は水を抜いて工事中のようだ。
富山城天守閣(1954年富山県産業大博覧会の記念建築として建設)の中に「富山市郷土博物館」がある。発掘調査が進む富山城址の関連資料などが展示されている。

元亀3年(1572年)頃の日本。よく知っている戦国時代の勢力図を見ながら、当時の富山城を想像してみるのも興味深い。

越後の上杉謙信が南下を狙い、武田信玄が信濃・甲斐・駿河を納めながらさらに拡大を図る。遠江・三河の独川家康、尾張・美濃・伊勢・伊賀を制覇する織田信長。越前・越中では一向一揆が起こる。まさに「戦国の世」がよくわかるパネルだ。

その真っ只中にある富山城で当時を想像してみるのが面白い。

富山国際会議場前の停車場でトラムを待つ。(ヨーロッパの都市をイメージする)。

富山名物の「白えび料理」を求めて夜の富山を徘徊するが、残念ながらゲットできず。人気店はみんな満席。予約なしでは入れない。ますます食べたくなるのでさらに探す。ここならと入った居酒屋でビール頼んで、メニュー見ると「白えび」のメニュー無し。(>_<)

盛岡市といい、富山市と言い、地方都市が魅力的だ。人口でいうと30〜40万人。地方としては大きい(県庁所在地でもある)。

人口10万人を切る市街地のあり方を模索しなければならない、と思いつつちょっとモヤモヤとしながら駅前のホテルに戻る。

花巻なら大谷だよね〜岩手まで来たのだから

ついにやって来ました花巻東高校。
来た目的は言うまでもありませんね。

アメリカ・大リーグで活躍する大谷翔平、菊池雄星は、どんな環境で野球に打ち込んだのか、一度は訪れてみたいと思っていました。

盛岡〜花巻〜平泉と移動しながら訪問したが、遠くの連山に囲まれた田園地帯に平坦に街並みが続く開いた地域という印象だ。

私立高校らしい立派な校舎と施設。思う存分野球できる環境に納得。

奥州市伝統産業会館を訪ねる。南武鉄器の展示館だが、お目当てはちょっと違って、、、

じゃ〜ん!
大谷翔平の手。

この会館に大谷翔平コーナーがある。
鉄器の技法で型作成、鋳造、研磨の工程を経てこの悪手像が完成。

これだけのために訪れるファンも多いんだろうな。

それにしても大谷翔平の途轍もない活躍は本当にすごい。
50-50を達成するのを期待しながら握手。
頼んだぞ!

平泉・中尊寺〜盛岡まで来たのだから

岩手盛岡に来たのだから、ちょっと足(レンタカー)を伸ばして平泉。
お目当ては言うまでもなく「中尊寺」

訪れるのは2回目だが、この景色が最も印象に残っている。
山の中腹から見下ろす豊な地「奥州」。束稲山(たばしねやま)、悠然と流れる北上川と広がる田野といったところか。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」 松尾芭蕉

堂内には日本の天台宗開祖伝教大師最澄が1200年前に灯した「不滅の法灯」が護持されているという。

お目当ての国宝「金色堂」。
内部は写真撮影は禁止(当然ですが)。
初代藤原清衡、二代基衡、三代秀衡のご遺体と四代泰衡の首級(討ち取った首)が納められている。

「五月雨の 降残してや 光堂」 松尾芭蕉

暫し、源義経を守った秀衡、討ち取った泰衡を想像しながら金色堂を後にする。

盛岡散策(食編)

「朝6時にホテルロビーで」と約束し、早起きして盛岡散策しながら朝市へ。到着したのは7時過ぎなのに、もう野菜や商品が売り切れのお店がある。6時ぐらいが買い物客のピークだそうだ。

「神子田朝市」に来てびっくりだ。朝市というと漁港や門前町の一角で、というイメージを持っているが、ここは住宅街のど真ん中。角を曲がるといきなり長いトタン屋根が出現、野菜やキノコ、生活必需品の店がずらり。食堂も焙煎コーヒーもある。

市民の台所であり、県外からも観光がてら早朝にお客さんがやってくると言う。この「神子田朝市」が開設された経緯は、1968年(昭和43年)に「中央卸売市場」が新設された時に、生産農家の直売所が立退を迫られ、困った零細農家の有志が集まり始めたのが由来。その思いが市民に受け入れられ大盛況となり、神子田(みこた)の地に定着したそうだ。

市場で朝食を。
朝から麺攻撃に合うのも、盛岡ならではだろう。

まだまだ続く。
「盛岡三大麺」と言えば「わんこそば」「じゃじゃ麺」「冷麺」。
流石に食べた数を競う「わんこそば」は今回はパス。

じゃじゃ麺は、お酢、ラー油、お醤油、その他好みの調味料と混ぜて召し上がるカスタマイズの麺。自分好みを見つけるのに3回は試さないといけないそうだ。

地元の旬の食材を使った料理の居酒屋さん「かごのめ」、朝市で朝食、焼肉と冷麺の人気店「成楼閣」で、そして地ビールで有名なビアレストラン「ベアレン」(オクトーバーフェストも開催している本物のお店)

盛岡の食を堪能。
ジュークアンリミテッドさんに大感謝。

盛岡散策(歴史・文化編)

盛岡市のシンボルの「盛岡城跡」の石垣の写真を撮り損ねたのは残念。
これは街角にある「案内看板」ですが、写真真ん中の盛岡城跡の上下左右、数百メートルを移動するだけで、盛岡市の主な施設(県庁、市庁舎、美術館、博物館、文化財・歴史的建造物、盛岡八幡宮、盛岡駅など)が見学できる。歩いて散策しながら楽しめる街。

櫻山神社横にある「烏帽子岩」は近くに行くと圧倒される大きさ。盛岡城築城の折に、地面を掘り下げたら突出した大岩が出てきて「お守り岩」として祀られている。

北上川支流の中津川。盛岡城内堀の鶴ヶ池。

どの街に訪問しても時間があれば、まずは歴史資料のある博物館に立ち寄ることにしている。
岩手銀行は、東京駅を設計した辰野金吾が設計し1911年(明治44年)に建てられる。

盛岡の鎮守とされている。神事のチャグチャグ馬コ(映像)、流鏑馬(映像)で知られる。
両祭りは、ぜひ行って見てみたいものです。

このように、歩いて散策しながら盛岡の生活ぶりと文化を感じ取ることができる。

ブランディングと建築

今回の岩手への仕事旅は「コーポレート ブランディングと建築展」の見学。
主催者「ジュークアンリミテッド株式会社」加藤瑞紀社長にお会いするのが最大の目的。

会場は「岩手教育会館ふれあいギャラリー」。
盛岡城跡に面していて道のこちら側は石垣の城壁が美しい。
「映画館通り」商店が並ぶ「大通り」、そして城壁を囲む道路のスケールが気持ちい。
これも城下町(南部藩南部氏)の持つ歴史と生活文化の豊さからくるものだろう。

創業して7年目にして、岩手県のみならず他県でも着実に実績を上げている「ジュークアンリミテッド」は、ある機会に知ってからとても気になる会社として私の中にありました。
ブランディング(ソフト)とファクトリー建築(ハード)を結びつけて(本来、別々のものではないのですが)プロデュースする会社ってどんなのだろう、と。

一例が、先日に滋賀県で訪問した(株)シンコーメタリコン様(「ご縁あって企業見学」)。

オープン・ファクトリー(見せる工場)、産業観光などのキーワードで注目を浴びる「ものづくりカンパニー」を意識し、実現していこうと確信する訪問となる。

岩手県への仕事旅

いわて花巻空港ロビーからの眺め

岩手県盛岡市へ仕事の要件で訪ねる。

私にとって岩手は2回目の訪問になるが、前回はもう30年近く前のことで記憶がほとんどない。その時は、安比高原(あっぴこうげん)のブナの二次林の視察でした。ブナの森を伐採した後、自然の力で再生したブナの林。当時は弊社の木製ハンガーの材料は東北地方(主に秋田、青森)から調達していました。新たな可能性として岩手の安比高原の視察であった。

メインが安比高原だったので、盛岡市内ではお昼に「冷麺」を食べたのを記憶しているぐらい。なので、今回の盛岡への旅はとても楽しみにしていました。

大阪空港から「いわて花巻空港」へ到着。
空港の広告パネル見て、まずは岩手の概要、お薦めスポットを確認。

岩手と言えば、宮沢賢治、石川啄木がすぐに頭に浮かぶ。新渡戸稲造、後藤新平も岩手なんだ、と再認識。

東北自動車道で花巻から盛岡へ。
直線区間が長く、制限速度120kmなのがより開放感を感じる。
第一印象が「空が広い」。(但馬が狭いのかな?)

盛岡へ到着、ホテルにチェックイン、街に出ると「映画館通り」。
人口30万人の盛岡市のスケールを感じながら街を歩く。