障子張り窓の第2弾「剥がし」

34年間、見続けた窓の障子も、剥がすときは、あっけなく剥がれていく。
見る見るクシャクシャとなっていく剥がした障子紙に手を合わせたくなる。

34年前に、象設計集団の冨田玲子さん、担当のマークとマンディ(アメリカ・テキサス州オースティン)、私と妻と、それにまだ小中学生だった息子たちとみんなでハサミで切って作ったもよう「花と鳥」が剥がれていく。

34年前に、象設計集団の冨田玲子さん、担当のマークとマンディ(アメリカ・テキサス州オースティン)、私と妻と、それにまだ小中学生だった息子たちとみんなでハサミで切って作ったもよう「花と鳥」が剥がれていく。

室内から外が見える。
考えてみれば、初めて見る光景だ。

明るい日中はこれでも良いのだが、そうもいかない。

34年ぶりの障子紙の張り替えだ!

1階の玄関横の窓は透明ガラス!?
34年前に家の工事最終段階で通りに面した窓は透明ガラスが入ったのでビックリ。
でも、そこにはオシャレな仕掛けがあった。
障子紙を幾何学的に切り抜いて、障子糊で貼り付ける
破れたり、黄ばんで汚れが目立つようになれば、洗い落として張り替える、そんなプラン。

34年経った今、張り替えの時期だと決断。建築家集団ガラージュの3人が揃うタイミングを見計らってみんなで行うことにする。

切り絵のテーマは、オリジナルの「花と鳥」。障子紙を窓枠のサイズ(それが一定でないのがまた難儀)に切断して、折り目を付けて一発勝負で切り抜く。もちろん、事前の練習をするが、慣れるまでは、開くと思ったより大きかったり、切れ目が不揃いであったり。でも、だんだんと習得してくると、それが面白くなってくる。

窓枠13枠、1枠が4枚、5枚だから、約60枚の「作品」ができあがった。
さて、どんな風に生まれ変わるのだろうか?
楽しみに。

Brad Melhldau “Ride into the Sun”

  • Brad Mehldau “Ride into the Sun”
  • Brad Mehldau:p
  • Matt Chamberlain:ds
  • John Davis:b
  • Felix Moseholm:b
  • Daniel Rossen:vo / g
  • Chris Thile:mandlin / vo
  • Dan Coleman:Ch. Orch.Cond

1.Better Be Quiet Now
2.Everything Means Nothing to Me
3.Tomorrow Tomorrow (feat. Daniel Rossen)
4.Sweet Adeline
5.Sweet Adeline Fantasy
6.Between the Bars
7.The White Lady Loves You More
8.Ride into the Sun: Part I
9.Thirteen
10.Everybody Cares, Everybody Understands
11.Somebody Cares, Somebody Understands
12.Southern Belle (feat. Daniel Rossen)
13.Satellite
14.Colorbars (feat. Chris Thile)
15.Sunday
16.Ride into the Sun: Conclusion

ジャズ・ピアニストのブラッド・メルドー(Brad Mehldau)は、私の中ではpost チック・コリア、キース・ジャレットの最有力(お気に入り)ピアニスト。中でも最近のお気に入りは、昨年リリースした”Ride into the Sun)。単に”ジャズ”では表現できない。

フォーク、ロック、ポップ、クラシックを融合したアルバム。もともと、ブラッドはBeatlesやRadioheadを積極的に取り上げ、単にそれをジャズにするのではなく、その曲の中に自分を投入しながら、発出する音を演奏している。(←なんか難しい言い方していますね)(^ ^;;

エリオット・スミス(Elliott Smith)(アメリカのシンガー・ソングライター/ギタリスト。1969年-2003年)の曲をメインに、ブラッド自身の曲も織り交ぜながら進んでいく。

このアルバムの曲調、雰囲気を感じるには、1曲目を聴いてみてください。
Better Be Quiet Now(音声)

今年の百日紅(サルスベリ)は?

朝目覚めると、歯磨きしながらまずこの景色。

気になるのは、サルスベリの花が先っぽだけ咲いている。
昨年、いっぱい花を咲かせ反動だろうか?

気がつけば百日紅が満開だ。夏から秋にかけてと花期が長いので、ひゃくじつこうの名がある。花が白い種類もある。一般的な読みはさるすべり。つるつるみえる木をなでるとくすぐったげに花が揺れることから「くすぐりの木」や「こちょこちょの木」とも呼ばれる。(中略)
改めて眺めると普段、枯れ木のようなのがいつの間にか葉をつけ花を咲かせ、違う木のごとき活気を出すから不思議に思う。季節が過ぎるとそのうち葉も落ち元に戻る。
(2026/08/22 日経新聞 「春秋」)より

花を咲かすまでは、まるで枯れ木のような(よく観察すると、控えめな小さい葉が出ているが)サルスベリの木も夏が進むにつれてやがて花を咲かす。

三内丸山遺跡/縄文時代を想像する

三内丸山遺跡センター・縄文時遊館

今回の青森訪問は「ねぶた祭」が目玉であるが、実は「三内丸山遺跡」の縄文時代の遺跡にも興味があり、いつか訪ねるつもりでいました。
三内丸山遺跡は、2021年に「北海道・北東北の縄文遺跡群」の構成資産として世界文化遺産にも登録される。この地域の縄文遺跡は、縄文時代前期から後期まで一貫して交流があり、共通の生活、習慣が見られる。

三内丸山遺跡は、「縄文人は小さな集落で狩猟採集をしていた」という従来のイメージを大きく覆し大規模な定住集落だった。

この場所は1994年当時、野球場建設予定地として土地を掘り起こすにつれて、遺跡の重要性が明らかになり、野球場の建設計画を変更して遺跡を保存することになったという。
(青森県の素晴らしい判断!)

今からおよそ5,900~4,200年前、縄文時代前期~中期に、長期間にわたって人々が暮らしていた。遺跡の範囲は42万㎡。多数の竪穴住居、墓、貯蔵穴、大型建物、盛土などが発見され、計画的に配置されている。

巨大な柱を使った大型掘立柱建物。直径1mを超えるクリの巨木を柱に使う。
この堀立柱は、いったい何の目的で建てられたのか?ガイドさんからの問いかけだが、明確な解はまだ得られていないとのこと。4000〜5000年前は、この辺りまで海が迫り、当時は漁をしたり、他エリアとの交流は船を使用していたので、海の観察、海からの目印になったのでは。

黒曜石やヒスイなど、青森周辺だけでは得られない素材も出土。かなり広い範囲での物資の交換・交流があったことを示す。

五所川原・立佞武多(たちねぶた)

青森市から車で約1時間で五所川原市に到着。
こちらのねぶた祭は、立佞武多(たちねぶた)と言って、高さを競うように縦に長いねぶた。明治時代に隆盛を極めたが、その後電線の普及と共に、背の低いものになっていったそうだが、1996年に市民有志が高さ22mの巨大ねぶたを復元し、1998年より「五所川原立佞武多」として復活。

下のヒトのサイズと比べてみてください。

「立佞武多の館」では、祭りの様子を映像で流している。
周囲の建物よりも遥かに高いのがよくわかる。

「ねぶた祭」は、青森県を中心に秋田県、北海道南部の一部でそう呼ばれているお祭りがある。「ねぶた」と「ねぷた」の発音の違いは、その地域の方言訛りに依るもの。

まさに、東北地方の特に津軽の代表的はお祭り。

青森ねぶた祭

まだ空は明るい夕暮れ時からねぶたを待つ観客でもう熱気が溢れかえる

とうとう青森ねぶた祭にやってきた。東北の夏の祭りを代表するねぶた祭。いつか行ってみたいと思っていたのが実現した。

ねぶたの起源は、諸説あるというが、有力なのは、「眠り流し」という行事。夏の農作業が忙しい時期に、眠気やけがれを水に流して仕事に励むという民俗行事で、眠り(ねぶり)を流す → 訛って「ねぶた」 という語源説。

ねぶたの山車は、地元企業や地元自治体が出資し、ねぶた師(ねぶた制作のプロ)がデザインし、制作される。

明治・大正・昭和と時代が進むにつれて、
小さな灯籠→ 人形型の灯籠→ 大型化した人形ねぶた
へと発展していきました。

「ラッセラー、ラッセラー」という掛け声とともに跳人(はねと)が踊る。
ねぶた祭に参加し成長していく子供たち。青森っ子の誇りになること間違いなし。

「但馬ユネスコ協会」設立

【7月3日】
「UNESCOと国連GA取り組む地球規模の視点をもちながら、地域の具体的課題解決のために公益活動を行うこと」とした活動方針をもつ「ユネスコ協会」を但馬にも設立しよう、との思いを持ったメンバーが集まり、その設立記念式典に参加。「顧問」の役をお引き受けすることになる。当協会は全国に広がり、兵庫県では13番目となる。(神戸、芦屋、尼崎、姫路など)

会長は竹村秀樹氏(但馬ドーム館長、ユーミンの「星のクライマー」歌碑設置主宰)。行政、教育機関、企業、地域団体などが参加する。

基調講演は、神戸新聞特別編集員 加藤正文氏。テーマ「足元を掘れ、そこに泉湧く〜都市格あるまちづくり〜」。

地域文化の大切さを興味深い視点でお話しを聴く。
「文化の経済学定義」(写真右)を私なりに解釈すると
1.地域固有財→「文明は輸出できるが、文化はできないから開く」(平田オリザさんの言葉を思い出す)
2.準公共財 →文化の維持には経済的な裏付けと公共機関の信託が必要。(「おんぷの祭典」がまさに体現している)
3.学習財  →単なる娯楽ではない。共同学習、社会教育、鑑賞の場が必要。(20年間活動した但馬学研究会は大切な学びの場)

具体的に何から始めるのか?
今、テーマに上がっているのが「山陰海岸ジオパーク」を起点にして、但馬の自然と文化と伝統を未来に伝える活動」

七巡目が始まる!

久しぶりの投稿となりました。
近年は5月を迎えると一気に気温30度越えの少雨で、真夏に一気に突入というパターンが続いたけど、今年は梅雨らしい梅雨のい中でこの日が来ました。
今日で無事に(十二支)六巡が終わり、新たな七巡目が始まる。

毎朝見るこの景色が私のビタミン剤。
心身ともにリフレッシュする瞬間。
さらに充実した七巡目を構想しながら。

梅雨のひと時

久しぶりに朝の陽を浴びる庭にでる。
雨水を集めた小さな池は水面も周りも緑でいっぱい。
庭の隅っこで梅雨なんだと感じる。

4月は会社の「創業80周年記念式典/祝賀会」。
5月は叙勲(旭日単光章)を受章し皇居へ、韓国の旅(テーマは百済)へ、
そしておんぷの祭典の1週間。
6月は、大阪(心斎橋の教会)の室内楽の演奏会、続きでその後友人音楽家友人家族の結婚式で東京へ。

草ぼうぼうの庭。
さて、どこから手をつけようか。