江原にシェアハウス誕生!〜『江原_101』

江原(豊岡市日高町)にシェアハウスがオープンしました。民家を改造して6部屋の個室を持つ多目的ハウスです。

電柱の陰になっていますが、ポコっと屋根が飛び出た建物が江原河畔劇場。住むのは芸術文化観光専門職大学(CAT)の学生たち。1年間の全寮制を終えた2年生が住む。

シェアハウスの名前は『江原_101』(えばらすぺーすいちまるいち)。

1階フロアは、ワンルームにして多目的に使用できる。(スタジオとネーミング)
演技やダンスのレッスン、仲間が集まって勉強会、セミナーなど。住む学生のアイデアで天井を打ち抜いてより広がりのある空間を演出。

2階フロアからは、1階のスタジオが見える。向こう側のスペースは、居住者のミーティングやワーキングスペース。1階に風呂、シャワールーム、トイレ。2階にもトイレと小さなキッチンあり。正面奥の窓の外は円山川が流れる。

2階のワーキングスペース奥からベランダに出ると円山川と向こう岸には山がある。江原の住民も知る人ぞ知る絶景なのです。

再び1階スタジオに戻って、建物正面側(道路に面している)を見る。白と青のテーブルが見えるところは、靴のまま入れる「土間スペース」。玄関よりも間口の広い扉をつけて、仲間や近所の人たちが気軽に集まれる。

8月28日は全員集合でオープニング。

住民学生たち、建築設計ガラージュさん、私の家族と劇団青年団のお子さんS君とシェアハウスに興味を持つ謎の人 I君(^.^)で記念のショット。(右)個室のドアは閉め(左上)、スタジオでは空間の広さを確認し(左下)、キッチンでは乾杯の準備が進む(中央)。みんな嬉しそう!!

『江原_101』をよろしくお願いします。
どうぞ遊びに来てください。

今の網戸って凄い

左、透明ガラス。
右、網戸。
確かに左窓枠の方がクリアだけど、右も負けてはいない。

同じく
左、透明ガラス。
右、網戸。
網戸越しの風景も、曇ったり、遮断された感じがなく、眺めることができる。
「黒色の網だから」と取り付けた工務店の人が言うけど、それだけだろうか。

網戸、バカにできない。
昔の網戸のイメージとは全然違う。

網戸越しの眺め

川沿いにあるシェアハウス「江原_101」。
窓さえ開けていれば、四季折々、朝から晩まで、必ず川からの風が吹き込んでくる。
なんとも爽やかで心地よい。
エアコンに頼らず自然の風を大いに利用して欲しいものです。
(まあ、連日38℃前後の今は無理そうですが)

ヒトも空間も、風通し を大切にしましょう。(^_^)

シェアハウス「江原_101」

私の住んでいる江原(豊岡市日高町)に芸術文化観光専門職大学(CAT)の学生が住むシェアハウスが完成しました。名前は「江原_101」(えばらスペースいちまるいち)。

古い民家を改築して、新たな生活の場として再利用するものです。「完成」とはいえ、壁や床の仕上げなどは、自力建築よろしく、これから住みながら自分たちで仕上げていく。

プライベートな部屋と共有スペースを備えた快適なシェアハウスになるように、学生たちと一緒に進めていこう。

「新しい」美術館〜藤田美術館

藤田美術館(大阪市都島区網島町10番32号)

大阪でのライブコンサートの折に、夕方の時間を利用して藤田美術館に行ってみた。短時間であったのでじっくりと鑑賞はできなかったのが残念。今年4月に5年かけてリニューアル・オープンした、新しいコンセプト(鑑賞、施設、体験、滞在、寛ぎなど)を持った美術館であることが随所で実感する。

入口から入ると長方形の広い空間が広がる。石を配置した先に展示室への重厚なドアがある。入館チケットは、スタッフの方が端末機(スマホのような)を持って来られて、その場で購入。キャッシュレスを目指すとのことでカード、スマホ決済のみ。これからの美術館のシステムも変化していくのを予感。

藤田美術館多宝塔(高野山光台院から移築)

近代的な直線のアプローチ、四角いロビー空間とは、対照的な庭。「多宝塔」は、桃山時代に建立され、明治の実業家・藤田伝三郎により高野山より移築された。ホッとする佇まい。

入口左側を向くと茶室。天井に取り付けられたプロジェクターが、白い壁面に大きく映像を映し出す。さまざまなイベントを行なえるスペースだろうか。映像は、左官の久住有生(くすみなおき)さん。藤田美術館の壁面を施工。我が家は、有生さんの父・久住章さんによる土壁なので、その作風、技法など馴染みがある。以前、象設計集団の講演会でお会いしたことがあるが、今や日本を代表する左官職人。時代を超え、左官が作り出す土の空間は素晴らしい。

館内も久住有生さんによる土壁の空間。
音声ガイドのサービスはなく、入館前にスマホにQRコードを読み込み、展示物の前でその解説を自前のスマホで読む仕組み。つい、スマホの写真(実物が目の前にあるのに)と解説に集中してしまう。自前のイヤホンで音声を流した方が有効では、が私の感想です。
建物、システム中心の内容になってしまいました。これからの美術館の姿を見た貴重な体験でした。

寅さんの葛飾柴又〜いつか行ってみたいところ

「柴又帝釈天周辺地域案内」。
これだけでも「来た!」って実感。

「矢切の渡し」「柴又駅」「山田洋次ミュージアム」「寅さん記念館」
観光スポットめじろ押し。

「柴又駅」(京成電鉄金町線)

「柴又帝釈天」
昭和の匂いがプンプンの帝釈天山道。
富田さん、樋口さん(象設計集団)の傘寿のお祝いの会場は
「川千家」

富田さん、樋口さん、傘寿おめでとうございます。(象設計集団)

象設計集団の創立メンバーの建築家、富田玲子さんと樋口裕康さんの傘寿のお祝いがありました。でとうございます。

家ができ出来て27年、建築期間が5年、つまり初めてお会いしたのが32年前ということは、48才の頃。以来、長いおつきあい。

富田さん、樋口さん、おめでとうございます!
80才なんて、とても信じられません。我が家の設計を依頼し、地域サーベイや基本設計をしている頃が、まだ昨日のようにはっきりと思い出します。
あの頃は50才前だったんですね。
(ドーモキニャーナは、築27年、基本設計+建築期間は5年間でした)

懐かしい顔、顔、顔です。

傘寿だから傘のプレゼントはお愛嬌として、でもこのアイアイ傘のポーズは、お二人の人生を象徴しているようです。

樋口さん(早稲田大学建築科)と富田さん(東京大学建築科)が、学生時代に建築家 吉阪隆正の研究室に一緒に学び、設計し、独立して「象設計集団」が誕生。お互いの建築家としての名を名のるのではなく、建築は、建築家、職人、そして施主が一体となって造るものとして、その精神を貫いている。それぞれ一流の建築家であることは言うまでもありません。

そんなお二人と、我が家の建築設計を依頼し、その後今日まで30年以上のお付き合いをさせていただいているのは、私の人生の中で最大の喜びであり、誇りです。
末長くお元気で。

円山川 ”河畔劇場”

赤い屋根の建物に注目。

約2万年前に火山活動を行なっていた神鍋火山の噴火により溶岩が流れ着いた場所がここ。玄武岩(柱状節理は不完全だが)の崖の上に建つ。

円山川は、溶岩壁に沿うように蛇行する。建物に向かって縦方向に向かってくる流れは、円山川で唯一の場所と言っても良い。絶景なのだ。

これまで「豊岡市商工会館」の建物だったが、4月より商工会は「豊岡市役所日高庁舎」(旧・日高町役場)に移転し、劇場へと改築される。

「劇場」は、劇作家・演出家の平田オリザ氏主宰の「劇団 青年団」の常設劇場として使用される。JR山陰線・江原駅前という好立地を活かし、駅前商店街や市民の憩いゾーンとしても整備される予定だ。

台北・信義地区〜ファッション最前線に驚きだ

台北の信義地区には驚いた。高層ビルの101が出来てからこの地区がビジネス、ショッピングの中心地になるだろうとは予想していたけど、これほど早く、これほど高層ビルが立ち並ぶとは。

今年初めに完成したという高級マンション(三角の建物)は、1室の分譲価格が10億円という部屋もあるという。

最高級デパート「BellaVita(ベラヴィータ)」。
IT企業経営者の愛娘3人の「ヨーロッパのようなゆったりとしたカフェが欲しい」との希望に応えるために、土地を買い、ビルを建て、百貨店を開き、カフェをプレゼントしたという、何とも壮大なストーリーがある百貨店だ。

そのベラヴィータのB1にある「OAK ROOM 」。

最高級の靴店。取扱ブランドは、Crockett&Jones、Alden、Edward Greenなど。さらに、スーツ、シャツ、カバンなども扱う。

「OAK ROOM」のオーナーはNAKATA HANGERファンとも聞いているので訪問。あいにく不在であったがクリスさんが対応してくれた。

こちらは「微風百貨店 信義店」(BREEZE)。経営者の妻、孫芸芸(スン・ユンユン)は、台湾のデザイナー、女優、タレント、モデルと多彩。そのスン・ユンユンお気に入りのブランドを集めた百貨店。

BREEZEの店舗として「TAKEO KIKUCHI」

ユナイテッド・アローズ。
どちらも弊社のハンガーを使用いただいている。

他に、新光三越、阪急百貨店と、久しぶりの台北ショッピング施設チェック。台湾の経済成長、ファッション・センスが日本とほとんど変わらなくなて驚きだ。

Fluersheim(フレアースハイム)の古民家

フランクフルト近郊のフレアースハイムの家に泊めていただいた。
この家も友人Bさんの大学時代の友達の家。
(何から何までBさんさまさまの旅である)

1749年に建てた家というから築270年。
日本で言えば、江戸時代「享保の改革」の頃。
(この比較、あまり意味がありませんね)

当然ながら、この地域の重要建造物となっているそうだ。

住人のぺーターさんとピアさん夫婦。
4年前に来日し、私の自宅で抹茶を一服差し上げ、ちょうど開催していた「おんぷの祭典」(豊岡市)のファイナルコンサートにも来てくれました。

泊めていただいている部屋の窓から。
かつては、農機具の倉庫、馬小屋や豚小屋。農作物(小麦や大麦、ジャガイモ)の倉庫であった。

古い建物を今でも生かしながら生活しているペーターさん家族には大いに刺激をいただいた。

プラハ城〜中世から現代へ

フラッチャニ(城地区)を訪れるために、ヴルタヴァ川に掛かるカレル橋を渡る。カレル橋の像の向こうにはプラハ城。

プラハ城正門前のフラッチャニ広場は、2009年にオバマ大統領が核なき世界を宣言した「プラハ演説」を行なった場所として記憶に新しい。

プラハ城内には、宮殿、大聖堂、修道院、貴族の館、牢塔などいくつも見所がある。「通し券」を購入し、入場する。

まずは、目の前にある聖ヴィート大聖堂から。

大聖堂の中に入った途端に、この荘厳な空間に圧倒されてしまう。

ムハが描いたステンドグラス。
ムハ(1860年〜1939年)は、ミュッシャ(Alfons Mucha)のチェコ語読み。

様々な意匠のステンドグラスに見惚れる。

聖ヤン・ネポムツキーの墓。
頭上に五つの星が描かれる。14世紀の聖人。

聖ヴァーツラフ礼拝堂。

大聖堂を出て「黄金の小道」へ。
錬金術師が黄金を作るための小屋があったためにこの名前がついている。
「No22」と書かれている小屋は、かつてフランツ・カフカが仕事場としていた。今は、カフカの本が販売されている。

「ロブコヴィッツ家の宮殿」に移動。

特筆は、なんと言ってもベートーヴェン直筆の楽譜。
7代目ロブコヴィッツ侯爵は、ベートーヴェンのパトロンとしても有名。
交響曲第3番「英雄」は、ロブコヴィッツに捧げられた。

ベートーヴェン「交響曲第4番」「交響曲第5番」の楽譜に、モーツァルト直筆の楽譜も展示されているので、思わず長時間立ち止まってしまう。

宮殿からプラハほぼ全域の眺め。

プラハ城からの帰りは、マーネス橋を渡ってユダヤ人街へ。

橋を渡るとドヴォルザーク・ホール。
ホールの前に建つドヴォルザーク像。

夕焼けを見ながら交響曲第9番《新世界》の第2楽章を口ずさむ。
♪遠き山に ♪日は落ちて
(あまりにもピッタリとハマってしまいました)(^ ^)v