歴史をさかのぼりながら〜中国・九州の旅(2)

広島の朝。九州へ向かう前に「平和記念公園」へ。到着すると資料館の上空を何やら鳥の大群が飛んで来る。ハトはこんな編隊で飛んだりしないし、何だろう?とよく見ると「鵜」。カワウかウミウか分からないけど、これだけの数で飛ぶ姿は見たことがない。

まずは慰霊碑で手を合わす。原爆ドームを眺め、その時の人々を想う。

「平和記念資料館」で被曝の惨状を見る。広島市街地の原爆前と後と対比して見ることができる展示では、一瞬にして56万人の人々が被曝し、10万人以上の方がなく亡くなるという現実が示される。

資料館には外国人の来館者が目立つ。特に欧米からと思える若い人たちが多いように思う。今、世界は再び不穏な空気が漂い始めている。どんな思いで観ているのか。二度と繰り返してはならない。

関門橋(壇ノ浦PAより)

広島をあとにして西へ。関門海峡に差し掛かる。関門橋の手前にある壇ノ浦PAで一服。しばし、源平合戦に思いを馳せる。本州と九州を隔てる海峡がわずか600m。ここをタンカーや貨物船が行き交うとはちょっと信じられない。

今回の旅の最大のテーマは茶の湯。

「芦屋釜の里」(福岡県遠賀郡芦屋町)へ到着。こちらは福岡の「芦屋」。茶道では、室町時代に栄えた芦屋釜を復興させる事業が始まっている。

庭園には、工房や茶室、あずま屋、資料館がある。どれも隅々まで清掃管理されていて、芦屋釜の復興の熱意が伝わって来る。九州北部へ行かれる方は、ぜひ立ち寄って欲しい。

芦屋釜
南北朝時代から製作がはじまり、室町時代には茶の湯釜の名器として一世を風靡した芦屋釜。その歴史は江戸時代初期に終わったといわれていますが、芸術性、技術力に対する評価は今なお高く、国の重要文化財に指定されている茶の湯釜9個のうち8個までを芦屋釜が占めています。
(芦屋釜の里パンフレットより)

「芦屋釜の里」から200mぐらい離れたところにある「芦屋歴史の里」(芦屋町歴史民俗資料館)。

研究員の方から、芦屋町の歴史を詳しく聴く。芦屋町は遠賀川を挟んで、芦屋地区と山鹿地区がある。居が山鹿にあったため「山鹿左近丞」と呼ばれた鋳物師の末裔が各地に散り、やがて山鹿素行→山鹿流(兵法)→赤穂山鹿流→山鹿陣太鼓(忠臣蔵の物語の中の創作)→吉田松陰(吉田家は代々山鹿流師範家)などと、時代と共に山鹿の名が繋がっていく。(歴史って面白いですね)

夕方になり、今夜宿泊の博多に向かうが、ちょうど同方向の途中にあるので「宗像大社」に立ち寄る。

天照大神御神の三女神を祀る。多数の古代祭祀の国宝、そして2017年に世界文化遺産(「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群)に指定される。

夕闇迫り、短時間だったのが残念。機会があればまたゆっくりと訪ねたい。

博多のホテルチェックイン後、夕食。今夜はネット検索で美味しいレストランを見つけようと出かけるが、予約でいっぱいだったり、ラストオーダー間近だったりで難航したが、途中で見つけたイタリアンにする。カジュアルで素敵な雰囲気、出て来る料理もワインも本日の食欲にぴったりで大正解。ワイン食堂「根」

博多の夜の風景かな。

今日を振り返りながら。

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