その研究の過程で、極めて人間的で徹底した自由人で会ったベートーヴェンの相貌に接した私は、陰鬱なウィーンの場末で生涯を過ごした「陰気で悲劇的な英雄」という従来のベートーヴェン像を一掃したい思いに駆られた。シントラーの捏造やマリアム・テンガーの偽書にもとづいてこうした誤ったベートーヴェン像を世界的に流布したのは、ロマン・ロランの『ベートーヴェンの生涯』に他ならなかった。戦後の一時期、ロランから生きる力を与えられた私にとって、彼を批判することは辛いことであったが、先入観の恐ろしさを自戒するためにも、本書ではあえてそれを行った。
『ベートーヴェンの生涯』 青木やよひ・著(「あとがき」より p289)
今回のドイツ訪問の目的の一つは、ベートーヴェンを訪ねることだった。2年半前の台湾での交通事故により私自身の左耳聴力が半減し、耳鳴りと戦った日々を体験。治療の間、聴力を失ったベートーヴェンの苦悩を思いながら過ごしました。遺書を書いたというハイリゲンシュタットを訪ねてみたかった。
動機はともかく、交響曲第6番《田園》やヴァイオリン ソナタやピアノ ソナタが大好きな曲なのでよく聴いていた。一度、その作曲の舞台となったウィーンへ行き、確認したいと思っていました。
そんな折に読んだのがこの著書。
著者の青木さんは、人生の50年以上をかけて、諸説あり謎とされていたベートーヴェンと相思相愛の女性は誰か、を追い続けた人。執念とも言えるその探求の過程でベートーヴェンの人となりを明らかにしていく。
現地を何度も訪れ、丁寧に貴重な一次資料を解読し、研究者を数珠つなぎのように訪ねた情熱は特筆もの。
ベートーヴェンのファンなら一読すべき、本と言える。