『Madama Butterfly』(豊岡演劇祭2022より)

『Madama Butterfly』
ノイマルクト劇場+市原佐都子/Q

衝撃的な演劇だ。「マダム・バラフライ」といえば、誰もプッチーニの『蝶々夫人』だと知っているが、この演劇は、日本(女性)から見た西洋(男性)の相違(違和感)、コンプレックス、を大胆な性表現で描く。衝撃的なのは、この内容(筋書き)だけでなく、役者が映像と渡り合うシーンが延々とつづく。その異次元とも言える演出にさらに興味が惹きつけられる。女優の竹内香子(きょうこ)の演技も素晴らしい。感動!

上演後のアフタートーク。作・演出の市原佐都さん(中央)はKIACの芸術監督。質問を投げかける豊岡演劇祭アドバイザーの相馬千秋さん(右側)。相馬さんご自身もフランスで学び活動された経験をお持ちである。

海外(スイス、チューリヒのノイマルクト劇場)で制作することで発見すること、例えば、西洋と日本の感性の違い、人種の壁など、苦労話も交えながらトークは進む。

ドイツからの客人に江原を案内する

江原河畔劇場2階スタジオより

ドイツから「豊岡演劇祭」を観に豊岡へ来られたA氏。江原河畔劇場を案内する。A氏は日本文化、特に日本の演劇を専門にしておられる大学教授。

昭和初期に建てられた建物は、役場から商工会館、そして劇場へと変遷してきた歴史を説明。窓から望む円山川の景観の素晴らしさには、どなたも感動していただく。

夜は、家族とドイツ留学から帰国したばかりの学生家族を招いて食事会。ドイツと日本の文化や教育についての話題で時間が過ぎていく。

シェアハウス案内(観劇一休み)

9月15日開幕の「豊岡演劇祭2022」から連日、1〜2演目ずつ観劇。観るだけなのに、7日続くとさすがに頭がボーッとする。もちろん、心地よい疲れ。

今日は午前中に会社で仕事をし、他の予定なし。茶道の稽古にやってきた友人、知人をシェアハウスに案内する。

7月29日から始動し始めたシェアハウスだが、8月中は住人たち(CAT学生)は、それぞれの活動で関東へ、九州へ、と散り散りに出かけて行って不在がち。その間にも、シェアハウス内部の建具などをリフォームしてより完成度高める。

『落ちて水になる』 松本成弘・越後正志/作・制作

「豊岡演劇祭2022」フリンジ
『落ちて水になる』 松本成弘・越後正志 / 作・制作

友田酒造さん(豊岡市日高町江原)の酒蔵空間を活かしながら制作した作品。酒造りの歴史が刻まれた道具、家族の暮らしと共にあった家具が、天井が吊るされ、水が滴り落ちる。
古くて静寂の土蔵空間に、ゆっくりと時間が流れていく。

打合せ時の画像(作品はトタン扉の中にある)

トーク『江原の昔話を語ってもらう』は、大屋根が架かる酒蔵の前で開催。写真がないのが残念ですが江原や旧・日高町内在住の方、CAT在学生、まちづくりや建築に興味のある学生たち、(東京や福岡からも)、記録映像を撮るスタッフ、マスコミの方など、20〜30名ほどの様々な人が集まりました。

戦後の江原地区の変遷を語る。本通り商店街の日高町役場(現・江原河畔劇場)〜日高郵便局の間には約70店舗の商店があったこと、友田酒造の裏側の小径は、かつての山陰街道であったこと、昭和20〜30年代には、日高グンゼ工場(日高町久斗)には1250名の女性従業員が、神戸製鋼日高工場には約500名の男子工員が従事していたこと、昭和40年代には、山陰本線江原駅には、阪神間から神鍋スキー場に来るスキーヤーでごった返したこと(週末には1日1万人以上が乗降した)、などなど。

わずか(?)50〜60年前の時代の風景も生活も、今とは全く違っていることにみんな驚く。私の住む「江原」、追って少しずつ関連記事をアップしていきます。

「豊岡演劇祭2022」前半の観劇記録

芸術文化観光専門職大学

9月15日始まった「豊岡演劇祭2022」もあっという間に半分が済んでしまった。1日に1〜2公演を観ながら毎日を楽しんでいる。(学生時代から演劇には大変興味がある私にとって、この豊岡でこんなに演劇が楽しめるなんて、未だに信じられない)

一つひとつの公演の感想を書くのは至難のワザ。
『岩下徹×梅津和時即興セッション』『お父さんのバックドロップ』は既アップ。
それ以外の公演を記す。

『降りくるもののなかで ー とばり』 山海塾 (豊岡市民会館)

『新・豊岡かよっ!』 Platz市民演劇プロジェクト(豊岡市民プラザ)

『思い出せない夢のいくつか』 カミーユ・パンザ/エルザッツ(城崎国際アートセンター)

『ぼんやりブルース 2022』 ヌトミック (CAT静思堂シアター)

『よるよむきのさき』 お食事×文学×リーディング (西村屋ホテル招月庭)

演劇祭ナイトマーケット(江原)

演劇祭のもう一つの楽しみは夜の屋台。最初の週末は江原駅前広場で開催される。本来(コロナ以前)なら、この一帯にテーブルとイスを並べて、観劇後、今観た芝居の感想を語り合ったり、演劇ファン同士が熱く語りあう広場となる。残念ながら、コロナ対策として、テーブル・イスは設置できず、屋台のフードはテイクアウト。

飲み食いだけではない。広場の脇では、次から次へと大道芸が披露される。子どもたちは最前列に座り込み、拍手しながら楽しんでいる。こんな光景は、この演劇祭がなかったらあり得ない。小さい時から、芝居を観たり、大道芸を楽しんだり、きっとこの子たちの故郷の記憶として残るだろう。

回を重ねるごとに、もっと多くの芸人がやって来る、海外からもやってくる、そんなことを思い浮かべてしまう。

演劇祭はまだ始まったばかりだ。

岩下徹×梅津和時 即興セッション『みみをすます』

ここは「氣多神社」(豊岡市日高町上ノ郷)。
平安時代ごろから各地の国府近くに総社が置かれ、この氣多神社は但馬の総社とされる。大木に囲まれた厳かな雰囲気に包まれる神社だ。

神社境内をぐるりと囲むように客が立ち、座る。

その真ん中で岩下徹の舞踏が始まる。

フリージャズマン梅津和時のサックスとの即興コラボ。

カラスが鳴き、犬が吠える。
風が吹き抜けて落ち葉が舞う。
鳥居の向こうから車の通り過ぎる音。

まさに「みみをすます」。
永楽館でのパフォーマンスも観たが、その体験は全く違う。

岩下徹×梅津和時 即興セッション『みみをすます(谷川俊太郎同名詩より)』

『お父さんのバックドロップ」坂口修一リーディング公演

豊岡演劇祭フリンジ公演チラシより

豊岡演劇祭2日目。会場は「出石明治館」
『お父さんのバックドロップ』坂口修一リーディング公演

「中島らもの名作短編小説をリーディング公演として」とパンフレットにあるが、リーディングどころではない迫力満点の熱演。どこからどこまでが台本で、どこがアドリブで、客席とのやりとりもハプニング(計算できない)だらけ。ダイナミックな一人芝居。

公演後、坂口さんと立ち話。
坂口さんは『豊岡かよっ!』(豊岡市民プラザ)にも出演予定。2005年現在の豊岡市への1市5町の合併の経緯をコメディタッチで描く。「日高」役で出演。「私は日高町です。楽しみにしています」と激励させていただく。が、逆にプレッシャーになったかも。(^ ^)

江原の円山川

江原地区の円山川。手前上流側から大きく右に曲がって流れていく。正面の赤い屋根の建物が江原河畔劇場(旧日高町役場、その後商工会館)。まさに河岸に建っている。

右に旋回している流れは、約1〜2万年前ごろに神鍋火山が噴火を繰り返し、一番遠くまで溶岩が流れてきてここで固まったもの。玄武岩のような柱状節理も見える。

右旋回すると日置地区になる。かつて(私の祖父などは)「へき」と呼んでいた。古代、歴を司る「日置部」(へきべ)が住んでいたことから名付けられる。

複雑な川の流れもあり、大雨のたびに流されていた日置橋は1976年(昭和51)に現在の永久橋に架け替えられる。右岸には秋葉神社が、かつては素人相撲大会や狂言などが行われる祭りで賑わった。

下流側から江原の円山川を眺める。左の山が姫路山(頂上付近から夏祭りの花火を打ち上げる)。右側が江原地区。かつて(私の小学生時代は河原付近で泳いだ)は、江原の人たちは、この河原に降りて、鮎釣りやお盆の灯籠流し、春は桜の花見など、親しまれた。

さらに上流(画像上向き)に行くと、宵田地区、岩中地区へと続いていく。