「お別れの会」〜裏千家第十五代家元

茶道裏千家15代家元 千玄室「お別れの会」に参列。

「大宗匠」とお呼びしていました。
大正12年(1923年)4月19日生まれ。
令和7年  (2025年)8月14日ご逝去。
享年102歳。

戦後(太平洋戦争)、茶道の普及、国際交流に貢献される。
ご自身の戦争体験(学徒出陣で海軍航空隊に所属)の中で特攻隊員となり仲間の出陣前に茶を点てた話は、私にとって一番衝撃を与えられたエピソードです。

「お別れの会」の会場は、京都国際会館で行われる。
献花の長蛇の列。おそらく5000人近い人が参列されたでしょう。

年初めの今日庵の初釜では、毎年「今年も元気で」と肩をポンと叩きながら声をかけていただいたのが思い出される。100歳を超えて尚、お茶を点てて国際交流で海外にも足を運ばれたバータリティは、きっと戦争体験を通じて得た平和の大切さ、今後の日本を想う心が源泉だったのだろうと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

柑橘系収穫の日

さあ、ミカンの収穫。
今年春に、2階ガーデンに植えたミカンの木にいっぱい実ったミカン。

その数、約50個。良くも植樹した最初の年にこんなにたくさんのミカンの収穫ができるとは。

広場に植えたレモン。


猛暑の夏場に、葉が黄色帯びて少し元気がないなあ、と心配でした。
でも、こちらも無事に立派なレモンを収穫することができました。

少し丸みが強いけど、色艶もバッチリ。

レモンの横のフェンスにはブドウの木が育っている。
気づくと(あまり注目していなかった)こちらも立派なブドウの房を発見。
二ふさしかなかったので、鳥に食べられてしまったかも。

クリスチャン・ツィメルマン(ピアノ・リサイタル)

チラシの言葉に反応。
「ショパン国際コンクール優勝から50年」
「音楽の美を追求する孤高の巨匠」

調べると「1956年ポーランド生まれ。1975年ショパン国際コンクールに18歳で優勝。一気に世界の舞台へ飛躍」とある。ということは現在69歳。

【会   場】 兵庫県立芸術文化センター大ホール
【プログラム】
シューベルト:4つの即興曲Op.90 , D899
ドビュッシー:アラベスク第1番
      :月の光(ベルガマスク組曲より)
休憩
プレリュード&Co〜アーティスト・セレクション

ドビュッシーのアラベスクの演奏が始まると夢心地。大ホールでのピアノ・コンサートは初めて。1台のピアノからこんな響きが聴こえてくるんだと感激。(オーケストラや室内楽のコンサートは何度も行ったことがあるのに初体験)

休憩後の「プレリュード&Co」が特に良かった。

「全曲演奏」へのこだわりは、実はレコード産業の登場から始まったものです。それ以前のピアニストたちは、まったく違うプログラムの組み方をしていました。例えば19世紀のクララ・シューマンの演奏会プログラムを見ても、彼女が”全曲演奏”を行ったことはありません。
「PROGRAM NOTES」より

私も考えてみれば、全曲演奏のアルバム(レコード、CD)を前提(当然でしょ、と言う気持ちで)として購入したり、ダウンロードしていたけれど、その「こだわり」を捨てれば、また違ったクラシック音楽の楽しみに方もできそうだ。もちろん、交響曲や室内楽などどの曲も作曲家の意図する曲であることは大前提であることには違いがない。ここは抑えておかないといけないところ。

しかし、ジャズやロックのアルバムから自分好みのプレイリストを作って聴いていることが多いので、オリジナルアルバムで聴かなくては、との葛藤もある昨今である。

Wiener Philharmoniker Week in Japan 2025

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行く。姫路市の友人Oさんから「ご一緒に」と薦められ、即答でチケットをお願いしました。姫路とはこれまであまり縁が無かったのですが、O氏とは、経済同友会や裏千家淡交会で時々、ご一緒する経営者同士の繋がり。

会場の「アクリエひめじ」は2回目。まずは大規模な施設に驚く。
文化芸術のホールだけでなく、展示会や各種会議(MICE:Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)にも対応する施設ということがわかる。地域の交流・発信拠点として位置付けが感じられます。(姫路市の命運を賭けた、と言ったら言い過ぎかな?)

この日の演奏・曲目は、
指  揮 :クリスティアン・ティーレマン。
シューマン:交響曲第3番変ホ長調 Op.97「ライン」
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 Op.98

ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの弦楽器陣の澄んだ響きが素晴らしい。ティンパニーも大活躍で、奥行きと迫力のあるシューマンとブラームスを堪能しました。

演奏直前には、昨年豊岡で会ってご家族と交流したヘーデンボルグ直樹さんと再会。クッキーのプレゼントを手渡し。シュテファンは今回は参加せず(先月のオペラの演奏で来日)、参加していたセバスチャンには都合がつかず会えなかったのが心残り。ウィーンフィルのチェリスト3人と親しい関係にあるのはとても幸せだな、と改めて思う。

「星のクライマー」プロジェクト第2弾

冒険家・植村直己さんの没後40年(1984年2月に消息を絶つ)を記念して立ち上げたプロジェクト。第1弾は、松任谷由美さんの歌「星のクライマー」の歌詞を刻んだ歌碑を植村直己公演に設置。引き続き、芸術文化観光専門職大学(CAT)の学生たちによる演劇の創作・上演が完成し、その上演会が開かれた。

創作はCATの学生、演出、田上豊さん(演出家/CAT助教)。出演は13人の学生たち。

会場:芸術文化観光専門職大学学術情報館(図書館)

図書館の階段を山岳と見立てて、何度も絶壁を登るシーンが登場する。(入学するまで植村直己を知らない)学生たちが、このプロジェクトを通じて植村を知り、その人生のストーリーを演じていく企画はなかなか面白い。時が経つにつれ、過去のものとして忘却されがちな生き様を、新たな視点で捉え、演じていく。植村直己を顕彰する効果は大きいと感じる。

#3 New York Manhattan 夜景

この夜景だけでニューヨーク! (とわかる)

ニュージャージー側からマンハッタンを見る。

これって「廬山」だね」と??

「廬山の真面目」。
宋代の詩人 蘇軾(蘇東坡)の詩。
廬山の本当の姿がわからないのは、私がその山の中にいるからだ」

まさに、マンハッタンにいるとこの夜景は見ることができませんね。

#2 New York ワールド・トレード・センター駅

何とも衝撃的な建物だ。
グラウンド・ゼロ跡地にあるワールド・トレード・センター(WTC)駅。正式名称は、World Trade Center Transportation Hub。

建築家は、スペイン人のサンティアゴ・カラトラバ(Santiago Calatrava)

白い鋼鉄製の構造体は「Oculus(オキュラス)」と呼ばれる。ラテン語で「目」を意味する。
カラトラバは、平和の鳩が飛び立つ姿をイメージしているそうだ。

魚の骨のような、肋骨のような。

側面には、ショップが並ぶ。
2フロア使ってApple Shopもある。

改札口もプラットホームへのエスカレーターもちゃんとある「駅」なのだ。
(駅であることを忘れてしまいそう。

#1 New York Jersey City → Lower Manhattan

ニューヨーク州の友人宅を出発。いよいよマンハッタンへ向かう。
家の周囲の森もハイウェイも紅葉が最高に美しい。

出発して50分。マンハッタンの対岸ニュージャージーにやってきた。

ジャージーシティ(Jersey City)のマンションに到着。ベランダから自由の女神像(Statue of Liberty)が見える眺めが良い。こちらのマンションも最高のロケーションだ。

フェリーでマンハッタン南端へ。

フェリー降りるとすぐに近くにあるIrish Hunger Memorial。

1845年から1852年の間に100万人以上が餓死したジャガイモ飢饉の認知を高めるために設置された。1845年以降の10年間で、90万人以上のアイルランド人移民がニューヨーク港から入国しており、1855年時点でアイルランド出身の人々がニューヨーク市の3分の1を占めていたことになる。

マンハッタン最初は生牡蠣からスタート。
夕陽が差し込む落ち着いたレストランで少し早い夕食だ。