
豊岡の最高気温38.9℃、本日の全国一。
日中は、肌を刺すような熱射。
夕暮れどきを待ってウォーキングに出かける。
川風に吹かれて少し涼しさを取り戻している。

大岡山に陽が落ちる。
透き通るような山々の稜線が美しい。
猛暑続きのせいか、夕暮れの空気感が違う。
酷暑の中の幸せな一瞬です。

ロウバイ

豊岡の最高気温38.9℃、本日の全国一。
日中は、肌を刺すような熱射。
夕暮れどきを待ってウォーキングに出かける。
川風に吹かれて少し涼しさを取り戻している。

大岡山に陽が落ちる。
透き通るような山々の稜線が美しい。
猛暑続きのせいか、夕暮れの空気感が違う。
酷暑の中の幸せな一瞬です。

先週の大雨は、西日本各地で死者200名を超える甚大な被害がでた。梅雨の大雨で今回のように増水した記憶は確かにない。「100年に一度」「50年であるかないか」などと表現するが、ここ数年で何度も発生しているので、災害への認識を変えることの方が大切のようだ。

いつものウォーキングコースは、平常の水位に戻っているが、増水で流れてきたゴミが木にひっかかる。いつも畑で作業している人の姿が見えない。

トヨ劇(豊岡劇場)で「港町」(監督・想田和弘)を鑑賞。
チラシには「ドキュメンタリー映画の臨界点」「観察映画」などの言葉が並ぶ。私にとって「観察映画ってなに?」から始まった。
想田監督曰く、
「台本なし、音楽なし、事前の打ち合わせなし。ただ、目の前のコトを「描写する」。良い、悪いは観客に委ねる。」
「ドキュメンタリーは見たまま、ではなく編集作業を行い、映画として完成させていく。」
牛窓(岡山県)の漁港を舞台に、網漁、市場のセリ、鮮魚店が捌き、町の人たちが魚を買う。その漁師の近所の人たち(老人)の人間模様が淡々と描かれている。

上映後、想田和宏監督、豊劇の石橋オーナー、劇作家の平田オリザさんの3人によるトークショーが行われた。
想田監督は、2012年に「演劇1・2」を制作。平田オリザさんを300時間を超えてとり続けた映画らしい。その撮影時のエピソードを交えながらトークが進む。
想田監督から「平田オリザさんの現代口語演劇は、観察映画と似ている。」「構図を描く。描写する。良い、悪いの判断をしない。」などの発言がある。
平田オリザさんから興味深い発言が次から次に飛び出す。
・ 豊岡市の江原に引っ越す。(平田オリザさんと劇団「青年団」)
・ 豊岡で世界的な演劇祭を目指す。
・ 人口比較 カンヌ7万人、アビニヨン9万人、豊岡は8万人。
・ 神鍋高原には民宿がいっぱいあり、宿泊と演劇稽古、上演が可能。
・ 2021年に豊岡に県立大学を開学。観光と芸術。
・ 日本で初めての国公立の「演劇学部」ができる。
・ 豊岡市にとって「演劇」を「温泉」「カバン」「農業」に次ぐ第4の産業に育てる。
・ 「革命は輸出される」〜先端の取り組みは、周囲に影響を与える。
私の住む豊岡市が、江原がどう変わっていくのか、楽しみだ。

Super Science High School(SSH)プロジェクトで豊岡高校1年生達が10名、会社にやってきました。SSHは、文科省が高校を指定し、将来の国際的科学技術人材を育成する事業。
SSHは高校生が地元企業を訪ね、実際の仕事や経営者の話を直に聴き、学ぶプロジェクトです。20のグループに別れて地元企業を訪問する。
高校を卒業すると一旦故郷を離れ、大学に進学することがほとんどだが、故郷にもこんな企業があるんだよと、その後の進路の参考にしてもらおうという試みでもある。
故郷には、世界を相手にビジネスを展開している企業、誇るべき独自技術を持った会社、その分野では全国一の企業など、高校生達は大いに参考になる。

工場では各工程責任者が、本社では営業が中心になって、ハンガーを生産して顧客に届けるプロセスを説明する。その苦労やうまくいったときの喜びなど伝える。
私が伝えたメッセージは、次の3つ。
・地方であることは、ハンディキャップ(handicap)ではない、アドバンテージ(adovantage)だ。
・Serendipity(セレンディピティ=偶然やってくる幸運と出会う能力)
-行動する -気づく -受けとめる
・大きなT字人間になろう。広く(横線=global)活動するには、深く自分(縦線=local)を知り、愛すること
経験の少ない高校1年生には、ピンとこないかもしれないが、いつか自分の進路や人生を考える時の参考にしてもらいたい。印象付けるために、あえて英語の単語を添えながらお話をしました。
しっかり学び、大いに悩み、いろいろと挑戦し、そして人生のやりがいを見つけ、できれば豊岡に帰って、自己実現を果たして欲しい。

今回の梅雨前線による大雨は、九州から北海道まで全国各地で災害を起こしながら続いている。
7月7日朝8時ごろの自宅、会社の周辺の増水状況を記録しておこう。
自宅裏の円山川。一昨日の裏山画像の続き(左側)下流を向くとこうなる。
濁流が左側の堤防に当たって右へ流れる。
豊岡に大被害をもたらした2004年10月の台風23号の時は、濁流がぶち当たっている黒い線(コンクリートの堤防)を越すか越さないかギリギリのところであった。

自宅から500mほど上流部。
中央の山が自宅から見える裏山。向こう岸(右岸)は、山が続き、天然の堤防となっている。左側のこんもりとした林の中に江原区の墓地がある。
見たとおり、川の流れの妨げになっているのがわかる。墓地移転後は、この出っ張りを削って川幅を広げようとの計画があったが、現在はどのようになっているのだろうか。(遅々とし堤防工事は進まない)

同じ地点から、さらに上流部を眺める。
左向こうから手前に流れて来るのが円山川。中央白い建物の少し右側から流れて来るのが稲葉川。ここが、二つの川の合流地点。
画像右側の堤防を超えてしまうと宵田地区、江原地区の一部民家に大きな浸水被害がでる。現在、この部分に堤防の延長工事が進行中である。
(早く完成して欲しいと切望する)

弊社、岩中工場の裏側の稲葉川の状況。
台風23号の大被害(工場が3mの浸水で全滅。操業3ヶ月停止。ハンガー12万本が水没)後、堤防の嵩上げが行われ、安心感は増しました。
ピーク時でも画像で見る石ブロックの上部まで。

工場は、白い建物のやや左側の山の麓にある。
進美寺トンネルを抜けて(左岸の道路は冠水して通行止め)赤崎地区へ。赤崎橋右岸側から下流を眺める。
台風23号災害後の激甚地区復興工事の一環としていち早く完成させた堤防の嵩上げ工事。有効に機能していることがわかる。ただ、依然として左岸側(白い建物ある周辺)は、内水の増水という課題を抱えている。
円山川はここから右岸の山、左岸の溶岩が固まってできた崖にぶち当たりながら、蛇行が始まる。
考えてみると、地球の火山活動や地殻変動が創り出した地形。
自然の豊かな恵と脅威は、裏腹なんだと。
「感謝」と「危険への備え」を忘れないことが大切だ、と言うことですね。

地元地方紙「神戸新聞但馬懇話会&第3回総会」に出席する。
この懇話会は、但馬地域の政治、経済、文化などの各分野トップのメンバーが集まり、定期的に講演会を開催し、学ぶという活動をしている。
私は今年に入り、興味のあるゲストには積極的に参加している。
特に、興味深かったのは、
4月:若宮正子氏(82才でシニア向けアプリ開発)
5月:Ruth Marie Jarman 氏(ジャーマン・インターナショナル代表)

今回のゲストは、政治評論家の有馬晴海氏。
昭和22年生まれの初任給は約2〜3万円。その後、10年で約14万円に。
40年以上経った今は、約20万円で伸びは止まっている。と、日本の経済の停滞から解説が始まる。
アベノミクスも、第1の金融緩和、第2 財政出動は実行されているが、肝心の第3の成長戦略が描けていない。(限界が来ている)
政権交代の可能性、安倍首相の続投の可能性、など現在の政治情勢の解説。
永田町に入り込んでいる人ならではの現場の皮膚感覚で語られるので迫力、説得力がある。
内容は、私自身がほぼ普段感じている内容と一致しているので、新たな情報はないが「裏付けられた」との感想である。

「山陰海岸ジオパーク館」横の遊覧船乗り場から出発して東へ向かう。
2500万年前に大陸から引き離され始めた陸地がやがて日本列島に。
その長い過程の中で300万年前に現在に近い日本海が形成された。
そんな谷本館長の講義を思い出しながら観る景観は格別だ。

竜宮洞門。
花崗岩の中にある安山岩の岩脈と周辺の割れ目に沿って、岩が波で削られてできた。縦に伸びる岩脈が、龍が天に向かって登っているように見える。

獅子の口。
日本海ができることに流れた溶岩の空洞が真っ赤に彩られた。真っ赤な色は、赤鉄鉱のためと言われている。赤色の穴は細長く伸びていて、幾重にも重なっていて、溶岩が幾度となく流れた様子がわかる。

孔雀岩。
柱状節理が放射状になっている。

下荒洞門。
波が穏やかな時にしか潜ることができない洞門。幸いにもくぐることができました。



知識のない私には説明できないのが残念、無念。
次回は、予習して解説できるようにして置かなくっちゃあ。
但馬海岸遊覧船
兵庫県美方郡新温泉町芦屋浜坂海岸
TEL : 0796-82-1904

「山陰海岸ジオパーク館」(兵庫県新温泉町)に集合。
「神戸経済同友会」と「鳥取県経済同友会」と合同で、「山陰海岸ジオパーク」活性化について意見交換する企画を行いました。
展示品を見ながら、谷本館長による「山陰海岸ジオパーク」の概要を聴く。
ジオは、ギリシャ語で地球を意味する「ガイヤ」が語源。4つのプレートがぶつかる日本列島では、いつ、どこで地震が起きてもおかしくない状況である、などわかりやすく、興味深い説明が続く。

日本列島誕生の話が興味深い。日本列島の始まりは、2500万年前に始まり、1500万年前に日本海が拡大し、300万年前に日本列島が現在に近い形になった。
大陸と引き離される過程で複雑に出来上がってきたのが山陰海岸。地球規模で見ても珍しい地形、そして世界的な発見「地磁気逆転」説を産んだ玄武洞など、見どころは多い。

講義のあとは、実際に遊覧船に乗って、山陰海岸の岸壁、奇岩、を実地に見学する。この日は、波は静かで予定の運航よりも10分延長してフルコースで見学。

「山陰海岸ジオパーク推進協議会」松浦幸浩事務局次長乗船後は、再びジオパーク館に戻り、「山陰海岸ジオパーク推進協議会」松浦事務局次長より「山陰海岸ジオパークの現況」というプレゼンをお聴きする。
「ユネスコ世界ジオパーク」と「日本ジオパーク」があること。
その認定の仕組み、活動方針、研究・教育活動、経済・ツーリズム活動、住民参画、認知向上の取り組みなどについての講義を受けました。
昨年は、「日本ジオパーク」の再認定審査を受け、イエローカードが出たのは記憶に新しい。今年8月には「世界ジオパーク」の認定審査が待ち受ける。
イエローカード(条件付き再認定)は、2年以内に改善なければレッドカード(認定取消)となる。
具体的に何が課題なのか、それをどのように改善しようとしているのか質問をしました。
その回答は、
・ エリアが鳥取県、兵庫県、京都府、の3府県にまたがり、協調した取り組みが出来にくい(出来ていない)。
・ 行政が担当部署となり、2〜4年で職員の移動があり、継続した取り組みがやりにくい(出来ていない)。
なんとも次の質問、意見に進めない回答に困惑しました。
民間の経済団体として「経済」について何か支援が出来ないだろうか、との想いについてのヒントが掴めなかったのは、残念。

遊覧船による山陰海岸ジオパークの岩壁、奇岩の見学。
白っぽい、赤っぽい、黒っぽい、緑っぽい。
ゴツゴツ、デコボコ、カクカク、シマシマ、ツルツル。
急な山肌、岩にしがみ付く木、洞門。
途中に現れる集落。
素人ながら、見どころいっぱいの海岸に改めて(30年ぶり?)感動の連続でした。今度は、家族や友人を連れて来よう。
(画像はこの次にアップ)

6月セッションは、豊岡市長の中貝宗治氏をゲストに招き、「ローカル&グローバルの可能性」というテーマでお話を聞きました。
冒頭、豊岡市の人口減少は、少子化が問題ではない。豊岡市の出世率は横ばいか、むしろわずかだが上がっている。
その原因は、地元の高校を卒業した若者が大学進学で一旦故郷を離れ、その後、帰郷しないことである。20代でのUターン率は、男性がほぼ50%なのに対して女性25%。女性にとって魅力的で支持される市にならなければならない。
現在、豊岡市はコウノトリ野生復帰、環境経済の推進、歌舞伎、パフォーミングアートでのアート・イン・レジデンス大交流、城崎温泉のインバウンド激増、など、知名度もあがり、活発になってきました。その一連の取り組みを決断した経緯、どのように推進してきたのか、そんな話を聞きました。

中貝市長のプレゼンはいつも聴く人の心を捉える。今回はその市政方針に至ったプロセスを聞かせて欲しいとリクエストしました。市長として様々な人に会い、国内外の多くの場所を訪ね、その豊富な体験をシェアしたいとの意図がありました。
これから益々、市政理念、方針をいかに市民にアピールし、浸透させていくのかがますます重要になってきます。豊岡市であったり、但馬であったり、丹後であったり、「ここでいいのだ」という思いを共有するセッションとなりました。

6月9日グランドコンサート。第5回おんぷの祭典の出演者全員+特別編成のたえの演奏家、そして地元市民による合唱団、子どもピアニストたちが勢揃い。
最後を飾る(?)のは、この祭典のために結成された「おんぷの祭典合唱団」による「ふるさとの四季」(抜粋)。
歌っている(初体験)とその出来映えがわからない。あとで会場の皆さんの反応は好評だったのでこの企画の成功を実感できました。きっと弦楽器、管楽器の演奏が続いた後の肉声だったのもあるでしょう。
7人のジュニア・ピアニストが交替でソリストを務めたモーツァルトの「ピアノ協奏曲第13番ハ長調K.415」にも盛大な拍手。私も客席で聴いていましたが、一所懸命弾くジュニアたちの姿に感動。ジュニアたちの将来に素晴らしい体験として残ることだと思います。

コンサート後のシンフォニック・パーティ(打ち上げ)では、サプライズで中貝豊岡市長より「感謝状」の贈呈。弦楽四重奏のシュバシコウ・カルテットの皆さんも大喜び!

こちらは、木管五重奏のこうのとり・クインテット。嬉しさのあまり、みんな羽ばたいていらっしゃいました。
この後、プレゼントが当たるくじ引き、そして(恒例の?)みんなでフォークダンスで盛り上がりに、盛り上がって、パーティは終了しました。
出演者の皆さん、本当にありがとうございました。(^o^)/

「おんぷの祭典」メイン会場の豊岡市民会館文化ホール。1100人収容。1971年に竣工(築47年)。
現在、耐震構造、建物の老朽化、その他設備の問題で、新・市民ホール建設の方針が示されている。
1市5町の合併(2005年)より13年。旧・市町のそれぞれにあったホール、体育館、公民館などの施設の再編成時期を迎えている。
ハード(建築、設備)も大切ですが、ソフト(人材育成・企画力)の面を忘れないように議論していきたいですね。