「KLAVIER QUARTETT」但馬コネクション#82

昨年の但馬コネクション#74「円熟の室内楽 DUO & TRIO」の演奏家たちによるセッションを今年も再び開催できることになりました。会場はドーモ・キニャーナ。

ピアニストの児嶋一江さん。25年来親しくさせていただいている。
児嶋さんの挨拶でコンサートが始まる。

ドイツの至宝と言われるチェロのクリストフ・ヘンケルさんを迎えて、東京・大阪公演に先駆けて、公開リハーサルとしてこの夜は但馬コネクションの仲間と一緒に鑑賞。

高木和弘(ヴァイオリン)     田中佑子(ヴィオラ)
クリストフ・ヘンケル(チェロ)  児嶋一江(ピアノ)

ブラームス  :ピアノ四重奏曲ハ短調 Op.60
R.シュトラウス:ピアノ四重奏曲第3番ハ短調 Op.13

特にリヒャルト・シュトラウスのピアノ四重奏曲は、シュトラウス若き日の傑作と言われている情熱的で力強く劇的な曲と演奏に、みんな圧倒される素晴らしい演奏。

演奏終了後は、恒例のお料理とワイン片手に交流会。
ヘンケルさんからは「3回やると家族になる」と早くも「次回」を連想させるような発言も。

私にとってのサプライズもありました。15年ぶりに来日したジャマイカのグレゴリーが、セッション開始直前に現れ、一緒にコンサートを聴くことに。世界陸上東京に出場のジャマイカ選手団と一緒に来日する話は知っていたが、まさかその最中に目の前に現れるとはビックリ。

グレゴリーは、かつて高校のALTとして江原に約5年間在住。その間にジャマイカの彼女と結婚し赤ちゃんも2人産まれる。結婚披露宴はドーモ・キニャーナで行う。そんな家族のような付き合い。

グレゴリーのレゲエ調の歌で、第2部の交流会も大フィーバーとなる。音楽家同士もこの場で出会い、意気投合。クラシックとレゲエが融合した夜にもなりました。

ライトトラップ(light trap)の夜

今夜は、昨日から孫と約束していた昆虫採集のライトトラップ。
裏山からお月さんが顔を出し始めた7時過ぎを見計らって準備。

広場のススキを透して眺めると秋の気配が漂ってくる。

山に向かって照明を当てる。
(孫KはYouTubeなどで、ライトトラップを調べているようだ)
私は白い布か何かを照らして、そこに集まってくる虫を捕まえるのかと思っていたが、そうでもない。お目当てはクワガタ。

(途中、夕食を挟んで)約1時間、照らし続けたけど、クワガタは来ない。
この照明方法は、神社の森とか林でやるのだろう。
それとも白熱球色のライトなどには寄って来ない。一番いいのは水銀灯。

明後日が満月だが、もう十分明るい月光。
昆虫は捕れなかったけど、秋の気配を感じる夜を楽しめた。

燃える空、虹の空

3階へ上がる階段の先の窓が真っ赤か!
急いでベランダに出ると西の空が燃えている。

文字通りの「夕焼け」だ。
季節と天気と夕暮れ時間とが合わさってこんな真っ赤に染まる空が出現する。

東の空には虹が出る。
夕刻6時半を過ぎて虹を見るのは初めてだ。

虹は見ている間に消滅する。
ほんの数分の現象。

だから自然(地球)って面白い。
何十年住んでいても同じことがない。

空き家再生からはじめよう

兵庫県主催のシンポジウムに参加。会場は、神戸国際会館9階大会場。
テーマ:『空き家再生からはじめるエリアマネジメント推進プログラム』
(   現在、進行中のプログラム。まだ申し込み可能。ご一覧を。)

私が住む豊岡市だけではなく、全国各地は今、空き家の増加が社会問題になっている。
人口減少、若者の地方から都会への移住、不動産相続の問題など、様々な要因で、特に日本の「失われた30年」の間に顕著になっている。
現在、全国で空き家は約900万戸、その内、居住目的以外の空き家が約380万戸ある。

その問題は身近にも差し迫り、私はご近所の空き家2軒を購入して(持ち主から依頼されて)リフォームを施し、芸術文化観光専門職大学の学生のためのシェアハウスを運営している。現在13名(建築家、舞台関係、広告関係の社会人3名含む)が住んでいる。

なんとかそれを起爆剤にして、エリアそのものを活性化し、さらなる空き家活用につながらないかと考えている。

シンポジウムの登壇者の一人、畑本康介氏(たつの市、緑葉社代表)。たつの市の歴史的建造物が建ち並ぶたつの市街地のエリアの活性化に取り組んでいる。一軒の空き家を再生してもインパクトはなく、エリアで捉えないといけないとの指摘。

西村浩氏(東京都、ワークヴィジョンズ代表)は、出身地の佐賀市の商店街の衰退を目の当たりにして、一念発起して荒廃しゆくエリアの再生を決意。

エリアを客観的に分析すると、民間の空き家、空き地、駐車場、耕作放棄地などがあるが、半分は公共空間である道路、河川、公園、広場、公共施設がある。この民と公が所有する不動産を繋いで考えることが重要だと、との指摘。とても参考になる。

2人の講師に共通しているのは、補助金活用、ボランティアだけでは不十分で、持続性を持った再生にしていかないとダメだとの指摘。

まずは、地域がどうであったら良いのか、どうしたいのかというエリアビジョンを描くことが重要。そして不動産投資や民間と行政の連携の仕組みを構築していくことなど、示唆に富む内容が詰まったお話の連続でした。

以前からある兵庫県「空き家対策」補助金の制度は、県民局から説明に来られたこともあり、承知していました。しかし、初期投資に対する一定割合の助成金だったりすることもあり、事業として捉えないと利用できるものでない印象。個人住宅は、その資金と先への見通しがないところから「空き家」になっているわけだから。

今回示された兵庫県の支援策は、それを「エリア」で捉えた支援というところがポイントになる。マネジメントに取り組む「団体認定」と「団体立ち上げ」と「運営資金」を支援するもの。

これらを考慮に入れて、なんとか地域を再活性化できないものか、考えてみたい。

川沿い涼しい風が吹き出した

猛暑は続くが、夕方には涼しい風が川からやってくるようになる。

涼しい風につられて久しぶりに円山川堤防ウォーキング。

夕陽に染まる雲。

等間隔に川べりに休むサギが面白い。
写真には写っていないが、まだまだ左右に何羽も続く。

円山川の向こう岸の岩にとまるサギは、夕方の定番になっている。

SCOT SUMMER SEASON 2025〜第50回を迎える

2018年に久しぶりに利賀村訪ね、以後1回飛ばしたが、今年で7回目のSCOT SUMMER SEASON。

「久しぶり」と言うのは、実は50年前の1976年、鈴木忠志の早稲田小劇場が東京から利賀村(現・富山県南砺市利賀村)に引っ越し。センセーショナルな「事件」でした。
鈴木忠志追っかけファンの私は当然ながら、利賀山房開場記念公園に行く。
「宴の夜・一」「経政(つねまさ)」(観世寿夫出演)の観劇。

当時は、1960年代からの小劇場全盛の演劇界。
寺山修司「天井桟敷」、唐十郎「状況劇場(赤テント)、太田省吾「転形劇場」、佐藤信「劇団黒テント」、そして鈴木忠志「早稲田小劇場」など群雄割拠。特に私は鈴木忠志の「わせしょう」の大ファンでした。

今回はその利賀村での活動50年目の記念の年。
自分の50年を振り返る利賀村でもありました。

野外劇場(設計:磯崎新)

毎年恒例の「世界の果てからこんにちは」の終演後の鈴木忠志さんの舞台挨拶。
今年86歳になられたこと。これからもSCOTの活動を継続していくこと。利賀芸術公園の存続を南砺市の田中幹夫市長にも協力をお願いしたいことなど、挨拶される。
これからも健康に留意され、1年でも長く現役でいていただきたい。

「果てこん」は男性ばかりの出演なので、女性陣も一役舞台を盛り上げようと、ダンシングチームを結成。パンプキンガールズ? 最近は、劇団で育てたカボチャを観客に「お土産」として配ることになっている。今年は2000個を目標に栽培したそうだ。

パンプキンガールズの右から2番目は、芸術文化観光専門職大学を今年3月に卒業して的だんSCOTに入団した丸山るかさん。シェアハウス江原101の住民でもあったるかちゃんの応援も兼ねての利賀村でした。

眞治と覚三〜終戦から80年

昭和20年8月15日から80年。
節目節目と言うけれど、何の節目なのだろうか?
と、考えながら我が家のお墓にお参りする。

主となる一番大きい墓石の真ん中には「真無阿弥陀仏」。
その両側に「眞治居士」「覚三居士」の名が刻まれている。

私の亡き父敏雄は3人兄弟の長男。
つまり2人の弟がいた。次男 眞治と三男 覚三。
2人は太平洋戦争末期(昭和20年に入ってから)に戦死。
眞治はフィリピンにて、覚三はビルマ(現ミャンマー)にて、と聞かされた。

父も、2人の息子を戦争で亡くした祖父要太郎も、あまり戦争の話はしなかった。
眞治のことも、覚三のことも。
わずかに、眞治さんは、大阪(?)外大に入学し海外を視野に勉学し、覚三さんは要太郎が始めた荒物屋商店を継ぐべく精進していたと聞いたことがある。

「あと半年生きていれば、、、」と思うのは私だけではないだろう。
もしも生き延びていればどんな人生を歩んだのだろう?
私にとっての幻の叔父さん。
幻であってもかけがえのない叔父たちである。

どうして父も祖父も眞治さんと覚三さんの話をもっとしてくれなかったのだろうか?
戦争の話も。

そんなことをふと思いながらのお墓参り。

橿原市昆虫館〜大正解の寄り道

時間があれば寄ろうね、と孫たちにあまり期待持たせないようにしていた。石舞台古墳の見学を終え、車のナビで確認すると数分で行けるところにある。
「じゃあ、行ってみよう」となったのが「橿原市昆虫博物館」。
これがなんと大正解!孫たち大喜び。

まず建物のある環境と佇まいが気に入る。チケット買って入場すると「地球は虫の惑星」のパネルが待ち受ける。昆虫館のコンセプトは「見て、聞いて、触って、感じる」。
なかなかワクワクする演出。

家ではクワガタを11匹飼っている孫K。だが、オオクワガタは、レッドデータ昆虫に指定されていて入手困難。標本ではあるがアコガレのオオクワガタを前に大興奮。

林を再現して地中の生き物も覗ける。なかなか工夫がされている。
温室では、亜熱帯の植物が花を咲かせ、蝶が乱舞している。

解説によると

チョウの形をイメージした温室では10種類500頭以上のチョウが季節を問わず飛び交い、亜熱帯の植物が華麗な花を咲かせており、まさに南国ムード満点。生きたヘラクレスオオカブトやニジイロクワガタ、タガメなども間近に観察することができる。1000点を超える国内外の昆虫標本や化石、パネルや映像を用いた解説などもあり館内は昆虫ワールド。

「時間があれば」で立ち寄ったのに、充実した展示に驚き大満足。

建物の壁には、トンボやカマキリやハチなど、昆虫の顔のレリーフ。

建物、標本、自然の再現、温室、特別展(この時は「世界のオサムシ展」)など、どれをとってもレベルが高い。昆虫愛に満ちた「橿原市昆虫館」は誰もが訪ねる価値ありのお薦めスポットです。

古代の奈良を訪ねて

奈良2日目は、東大寺〜春日大社〜若草山の周辺をドライブ。
孫たちは車から降りて鹿と遊びたいのかと思いきや、これまでに2回来て遊んだから降りなくていいよ、だって。
車から降りたいのは私だったのかと気づく。(^ ^;

奈良公園からそのまま向かったのが、弥生時代の大規模集落跡「唐古・鍵遺跡」(からこかぎいせき)(奈良県磯城郡田原本町)。

・時代は弥生時代中期〜後期(BC2世紀〜3世紀ごろ)。
・日本最大級の環濠集落跡ある。
・高床式倉庫を描いた土器が発見される
・銅鏡・鉄器・ガラス玉など広範な交流を示す遺物が発見される
・集会所と見られる大型建物跡がある

以上のようなことから、唐古・鍵遺跡は、時代・規模・文化から卑弥呼の邪馬台国との関連を推測する説もある。

土器に描かれた楼閣を復元した建物。

卑弥呼との関連は?

発掘資料から「卑弥呼本人や邪馬台国」と断定できるものは見つかっていないこと。卑弥呼の時代(3世紀前半〜中頃)には、唐古・鍵遺跡は既に衰退期だった可能性もある。

と、言う理由で断定には至っていない。

田原本町からさらに南へ下がって、石舞台(奈良県明日香村)へ。
石舞台は、7世紀初頭に造られ、蘇我馬子の墓とされているのが有力説となっている。

奈良と言えば、つい東大寺(奈良時代)を思い浮かべるけど、唐古・鍵遺跡(弥生時代)、法隆寺(飛鳥時代)と古代日本からの歴史が詰まっている。

古代の奈良の再認識する旅となる。
孫たちはそんなことはつゆ知らず。
歴史遺物の周囲を走り回っているだけでも良き体験になってくれればそれで良し。