
なーんにも植っていない我が家の畑。
夏のナス、トマト、キュウリの柵だけは残している。
落ち葉は左側のブナ、右側のブナとヤマザクラ。

広場のケヤキとブナも、すっかり、スッキリ。

今年の「ミカン柑橘系大作戦」で広場に植えた柚子の収穫を終える。

ロウバイ

なーんにも植っていない我が家の畑。
夏のナス、トマト、キュウリの柵だけは残している。
落ち葉は左側のブナ、右側のブナとヤマザクラ。

広場のケヤキとブナも、すっかり、スッキリ。

今年の「ミカン柑橘系大作戦」で広場に植えた柚子の収穫を終える。


鳥取と神戸(兵庫県)経済同友会の定期交流会に参加する。今年は鳥取に訪問。
今回は陶芸を中心とした「民藝と工芸」をテーマに企画されている。
最初に訪れたのは「鳥取民藝美術館」。
医師・吉田璋也(1889年〜1961年)により柳宗悦の「民藝の美」の普及と新たな創造の指針、鳥取民藝運動の拠点として創設される。(1949年)。
朝鮮陶磁器、日/中/西洋の古民藝や、吉田璋也自身の作品も展示されている。


移動して「いなば西郷 工芸の郷」を訪ねる。
この地出身の陶芸家・前田昭博氏(人間国宝)の提唱で始まる。2016年に一般社団法人化し、2021年に作家作品を展示する「ギャラリー&カフェ okudan」がオープン。現在、約10名(軒)の作家が創作をしている。江戸時代後期からこの地で開窯した「牛ノ戸焼」、全国か創作に意欲を燃やす若手陶芸家やクラフトマンが移住してきている。


牛ノ戸焼の当代陶芸家小林孝男さん。
(山崎亮氏解説による牛ノ戸焼)
江戸時代後期に、島根県江津市から粘土を求めてこの地に移住。
出土する粘土の土地の見学、粘土の練り、ろくろ、乾燥、素焼き、釉薬をかける。
肯定順に丁寧に説明をしていただく。
また、ゆっくりと訪ねてみたい西郷の里。


市立伊丹ミュージアムを訪ねる。
ロゴマーク I’ M は、ItamiとMuseumのイニシャル(と誰もが判る)でなかなか気に入りました。入り口から中に入るとガラス張りのロビーの向こうに日本庭園を眺める。
もともとこの地にあった「柿衛文庫」「市立美術館」「工芸センター」「郷土館」に「博物館」を移転させて統合して、芸術・文化・歴史の総合的な発信拠点にしたそうだ。こういう方針でこのミュージアムを実現させた伊丹市は、これだけで注目したくなるし、素敵な街だと思います。


今回の伊丹を訪ねたのは、荒木村重とその有岡城を見学するのが目的。
戦国時代の武将・荒木村重(1535年頃〜1586年)は、織田信長に反旗を翻した“謀反の将”として有名。後半の人生は文化人・茶人として秀吉時代を生き、利休十哲にも数えられる。
摂津国で勢力を広げ、のちに 有岡城(伊丹城) を拠点する。信長の有力家臣として軍功も多く、順調に出世していくが、1580年、突如として信長に謀反を起こす。
その理由には諸説あり。(そこが歴史の興味を唆るところ)。
• 信長の苛烈な処断に対する不信・恐怖説
• 羽柴(豊臣)秀吉との対立説
• 石山本願寺との密通説
• 信長の中央集権化への反発
結果的に、有岡城は信長軍に包囲され、約1年の籠城戦の末落城。
その際、村重は、妻子・家臣を見捨てて城を脱出し、妻子や家臣は捕えられ、多くが処刑される。この点が村重の評判を下げている。しかし、近年、村重の研究が進むにつれて、再評価される(そこまでしても何を得ようとしたのか)。

ミュージアムに隣接する「旧岡田住宅・酒造」では「清酒発祥の地」としての展示がされている。ここで山中鹿之介が登場。(永楽館歌舞伎の今年の演目「神の鳥」にも登場)
山中鹿之介(1545年〜1578年)は、戦国時代の武将。尼子(あまご)再興に生涯を捧げた忠義の武将。
尼子家の“再興の英雄”
山陰の大名・尼子氏が毛利元就に滅ぼされると、
鹿之介はわずかな仲間とともに “尼子再興軍” を結成。
• 何度も敗れても諦めない
• 各地を奔走して味方を集める
• 武勇と忠義で多くの武士から尊敬された
この“再興運動”は彼の人生そのもの「七難八苦を与えたまえ」
鹿之介が月に向かって祈ったとされる有名な言葉。
「我に七難八苦を与えたまえ」
普通は「成功を与えてください」だが、
鹿之介は「困難をください」と願った。
• 困難を乗り越えることで武士として鍛えられる
• 主君を再興するためなら苦難を厭わない
という強い覚悟が込められている。武勇は“日本一の兵”と讃えられた
• 奇襲や夜襲に長ける
• 体力と胆力が抜群
• 粘り強く諦めない性格から“山陰の虎”と呼ばれることも最後は備中で最期を迎える
1578年、尼子再興を図るため上月城に籠城するが、
毛利軍に包囲され落城。
降伏後、護送中に毛利家臣により殺害され生涯を閉じる(享年34)。
短い人生ながら、その忠義と勇気は伝説化された。
短命ながら戦国時代屈指の“義の武将”。
これまで、戦国時代の山陰地域、但馬の話の中で山中鹿之介の名前を知っていたが、もう一つその人物像を描けなかったので、これでスッキリ。
鹿之助の息子である新六幸元は、戦乱から逃れ、現伊丹市の北部の鴻池に住み、酒造業を始める。造った酒を江戸に運び大きな利益を得る。その後、後継たちが大阪に出て酒造業を営み、両替商として成功を收める。現在の鴻池組へと繋がっている。
(今回は時間の都合上、有岡城跡には行けず。再度訪問予定を立てる予定)


久しぶりの兵庫県立美術館。
『リビング・モダニティ 住まいの実験1920s-1970s』企画展を見る。


1920年代から70年代までという住宅設計の転換期となった半世紀において、その複雑に絡み合った社会的、技術的、そして芸術的な問題を解決しようとした建築家たちの試みを検証していく。
企画展プログラムより




住まいの7つの戦略
「衛生」 清潔さという文化
「素材」 機能の発見
「窓」 内と外をつなぐ
「キッチン」 現代のかまど
「調度」 心地よさの創造
「メディア」 暮らしのイメージ
「ランドスケープ」 住まいと自然


一番印象に残った(参考にしたい)建築は『聴竹居』。日本に西洋の暮らしが入ってきたものを日本の風土、文化、身体感覚などに合わせて工夫して設計されている。
1928年に建築家・藤井厚二が、自身と家族のために京都・大山崎に建てた住宅。自然と共生する家を徹底して追求したものとしてとても興味がある。ぜひ、、訪ねてみたい。
『聴竹居』

茶道裏千家15代家元 千玄室「お別れの会」に参列。
「大宗匠」とお呼びしていました。
大正12年(1923年)4月19日生まれ。
令和7年 (2025年)8月14日ご逝去。
享年102歳。
戦後(太平洋戦争)、茶道の普及、国際交流に貢献される。
ご自身の戦争体験(学徒出陣で海軍航空隊に所属)の中で特攻隊員となり仲間の出陣前に茶を点てた話は、私にとって一番衝撃を与えられたエピソードです。

「お別れの会」の会場は、京都国際会館で行われる。
献花の長蛇の列。おそらく5000人近い人が参列されたでしょう。
年初めの今日庵の初釜では、毎年「今年も元気で」と肩をポンと叩きながら声をかけていただいたのが思い出される。100歳を超えて尚、お茶を点てて国際交流で海外にも足を運ばれたバータリティは、きっと戦争体験を通じて得た平和の大切さ、今後の日本を想う心が源泉だったのだろうと思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。

さあ、ミカンの収穫。
今年春に、2階ガーデンに植えたミカンの木にいっぱい実ったミカン。

その数、約50個。良くも植樹した最初の年にこんなにたくさんのミカンの収穫ができるとは。

広場に植えたレモン。

猛暑の夏場に、葉が黄色帯びて少し元気がないなあ、と心配でした。
でも、こちらも無事に立派なレモンを収穫することができました。

少し丸みが強いけど、色艶もバッチリ。


レモンの横のフェンスにはブドウの木が育っている。
気づくと(あまり注目していなかった)こちらも立派なブドウの房を発見。
二ふさしかなかったので、鳥に食べられてしまったかも。

チラシの言葉に反応。
「ショパン国際コンクール優勝から50年」
「音楽の美を追求する孤高の巨匠」
調べると「1956年ポーランド生まれ。1975年ショパン国際コンクールに18歳で優勝。一気に世界の舞台へ飛躍」とある。ということは現在69歳。
【会 場】 兵庫県立芸術文化センター大ホール
【プログラム】
シューベルト:4つの即興曲Op.90 , D899
ドビュッシー:アラベスク第1番
:月の光(ベルガマスク組曲より)
休憩
プレリュード&Co〜アーティスト・セレクション


ドビュッシーのアラベスクの演奏が始まると夢心地。大ホールでのピアノ・コンサートは初めて。1台のピアノからこんな響きが聴こえてくるんだと感激。(オーケストラや室内楽のコンサートは何度も行ったことがあるのに初体験)
休憩後の「プレリュード&Co」が特に良かった。
「全曲演奏」へのこだわりは、実はレコード産業の登場から始まったものです。それ以前のピアニストたちは、まったく違うプログラムの組み方をしていました。例えば19世紀のクララ・シューマンの演奏会プログラムを見ても、彼女が”全曲演奏”を行ったことはありません。
「PROGRAM NOTES」より
私も考えてみれば、全曲演奏のアルバム(レコード、CD)を前提(当然でしょ、と言う気持ちで)として購入したり、ダウンロードしていたけれど、その「こだわり」を捨てれば、また違ったクラシック音楽の楽しみに方もできそうだ。もちろん、交響曲や室内楽などどの曲も作曲家の意図する曲であることは大前提であることには違いがない。ここは抑えておかないといけないところ。
しかし、ジャズやロックのアルバムから自分好みのプレイリストを作って聴いていることが多いので、オリジナルアルバムで聴かなくては、との葛藤もある昨今である。

燃え尽きるように深紅に染まる庭の紅葉を背景に白いシュウメイギクが鮮やかさを増す。

夏場には、他の植物と混じり合ってどれか判明できず。草刈りで無くなってしまったのでは、と思っていたが、ちゃんと生き延びている。
3年前のシュウメイギクは、
まだまだ蕾いっぱい、いつまで咲くの?シュウメイギク


庭の紅葉。
堤防のススキ。
山も色づき、白い雲。



ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会に行く。姫路市の友人Oさんから「ご一緒に」と薦められ、即答でチケットをお願いしました。姫路とはこれまであまり縁が無かったのですが、O氏とは、経済同友会や裏千家淡交会で時々、ご一緒する経営者同士の繋がり。


会場の「アクリエひめじ」は2回目。まずは大規模な施設に驚く。
文化芸術のホールだけでなく、展示会や各種会議(MICE:Meeting, Incentive, Convention, Exhibition)にも対応する施設ということがわかる。地域の交流・発信拠点として位置付けが感じられます。(姫路市の命運を賭けた、と言ったら言い過ぎかな?)
この日の演奏・曲目は、
指 揮 :クリスティアン・ティーレマン。
シューマン:交響曲第3番変ホ長調 Op.97「ライン」
ブラームス:交響曲第4番ホ短調 Op.98
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスの弦楽器陣の澄んだ響きが素晴らしい。ティンパニーも大活躍で、奥行きと迫力のあるシューマンとブラームスを堪能しました。
演奏直前には、昨年豊岡で会ってご家族と交流したヘーデンボルグ直樹さんと再会。クッキーのプレゼントを手渡し。シュテファンは今回は参加せず(先月のオペラの演奏で来日)、参加していたセバスチャンには都合がつかず会えなかったのが心残り。ウィーンフィルのチェリスト3人と親しい関係にあるのはとても幸せだな、と改めて思う。