利休忌・総会〜裏千家淡交会但馬支部

「利休忌」
千利休の命日に営む追善法要・茶会。1591年(天正19年)2月28日に亡くる。
( 旧暦2月28日なので新暦では3月下旬ごろ)
裏千家淡交会但馬支部では、毎年この前後の日曜日に支部総会も兼ねて利休忌を行なっています。

冒頭の支部長挨拶でご挨拶をさせていただく。

内容は、
1月7日今日庵の初稽古に出席の報告
 – 家元挨拶〜「益々スピード、スピードの時代だが「一手間かける」ことを大切にしても良いのではないか。茶の周りの稽古なども再開してみよう。今年は書をやってみたい。
 –(私の感想)イタズラに規模、人数にこだわらず茶の心に向き合うことを大切にしようとの思いを語られたのでは、

・(「総会」なので立ち入ったお話をすることのお許しを。全会員の前でお話しする機会は他にないので)
 – 但馬支部の現会員数は328名。昨年は359名。一昨年は392名。約30名ずつ減少。但馬支部だけではなく、全国どの支部も同様の傾向。
 – 原因は、人口減少、高齢化、文化の多様化などいろいろあるが、茶道は「敷居が高い」との印象を持つ人が多いのではないかと思う。
 – 規約に則ってシンプルな支部運営と明朗会計を実現する。
  (曖昧で誰がどこで何を決めているのかわからない、必要な会費や謝礼など分かりにくい)      

・今年は役員改選がある。昨年更新した但馬支部規約に則って行い、任務や役割を明確にして誰にお願いしても運営しやすい環境作るようにしたい。

・家元の想いでもある、お茶を通して楽しく交流を広げ、深めていきましょう。
 社中を超えた交流をしたり、地域性や特徴を大切にすることが、会員減少を防ぐ原動力にもなるのではないか。

今年は、但馬支部初茶会(例年は1月中旬に行う)も兼ねて開催しました。

「大炉」の茶事

京都、大阪、芦屋からお客様をお招きして大炉(だいろ)の茶事をする。
大炉(だいろ)は極寒の2月だけに用いる特別大きな炉。普段は左側半畳の左隅に炉がきってある。

大炉について調べると

裏千家11代玄々斎が北国の囲炉裏に着想を得て創案。2月の極寒期に用いられる特別に大きな炉。通常(1尺4寸)より大きい1尺8寸(約54.5cm)角の炉で、主に逆勝手の点前を行い、温かみと侘びた風情を演出する裏千家独特のもの。

茶事の本番の写真は撮れないので、一段落してから改めて大炉を眺めていただく。

実は、茶事のお料理は囲炉裏で「蟹すき」。
寒波で大荒れで漁が心配でしたが、活きのいい松葉蟹が手に入って皆さん大喜び。

茶の湯の楽しみ方っていろいろあるんのだと感じたお茶事でした。
(亭主はもちろん私でなくて妻でした)m(_ _)m


今日庵〜2026年初釜(初稽古)

裏千家の初釜(初稽古)。
昨年、大宗匠千玄室様がお亡くなりになり、初稽古として行われました。
西日本の淡交会支部の支部長の席で家元の新年のご挨拶と濃茶をいただきました。
家元のお話では「スピード、スピードの時代ではあるが、あえて一手間をかけることを大切にしたい」とのメッセージがありました。

濃茶席の次は薄茶席。
若宗匠のお点前、伊住禮次郎(宗禮)さんが後見として薄茶を一服いただく。
若宗匠(千宗史)は、1990年生まれの午年。

昨年、大宗匠(千玄室)が102才で亡くなられ、裏千家として新たな一歩が始まる年になる。

『「侘数寄」から「わびとさび」へ』 谷 昇・著

茶の湯成立初期に確立した「侘数寄」は和歌と禅を基盤とし、後に「わび・さび」へ展開した理念。茶の湯とは何か?を問い、その成立要件、要素などを具体的に解説してある。

茶の湯における「美」「一座建立」「一期一会」「不易流行」「和敬清寂」などの思想的根源を探る「章」が続き、本来難しい概念を様々な角度から記述されている。

最後に「茶の湯の効用」という「章」では、下記のような茶の湯人口の減少についての記述があります。困難に直面する人を勇気づけ、生きる支えとなる不思議な力の源泉について。

ただ、茶の湯人口の減少は日本の人口自体の減少、なかんずく少子化に大きな要因があり、その対策は茶の湯界だけの努力では限界もあるでしょう。ですから、内にのみ目を向け、とかく狭い世界に閉じこもりがちな傾向にあった茶の湯界も、今後は外に目を向け、踏み出して行く方向に切り替えることも必要ではないかと思われます。その際には日本文化の代表、茶の湯は伝統芸能であるといった従来のような紹介の方法ではなく、茶の湯がいかに現実の場で有用かつ有効であるかを訴えかけることも大切ではと思われます。
(「第19話 茶の湯の効用」より p202)

実はこの後の記述の中で、私と妻のエピソード(私が台湾で交通事故に遭い、直後に妻がとった行動、態度について)が述べられています。(もちろん匿名ですが)。「そうなのか」と改めて認識する。

「お別れの会」〜裏千家第十五代家元

茶道裏千家15代家元 千玄室「お別れの会」に参列。

「大宗匠」とお呼びしていました。
大正12年(1923年)4月19日生まれ。
令和7年  (2025年)8月14日ご逝去。
享年102歳。

戦後(太平洋戦争)、茶道の普及、国際交流に貢献される。
ご自身の戦争体験(学徒出陣で海軍航空隊に所属)の中で特攻隊員となり仲間の出陣前に茶を点てた話は、私にとって一番衝撃を与えられたエピソードです。

「お別れの会」の会場は、京都国際会館で行われる。
献花の長蛇の列。おそらく5000人近い人が参列されたでしょう。

年初めの今日庵の初釜では、毎年「今年も元気で」と肩をポンと叩きながら声をかけていただいたのが思い出される。100歳を超えて尚、お茶を点てて国際交流で海外にも足を運ばれたバータリティは、きっと戦争体験を通じて得た平和の大切さ、今後の日本を想う心が源泉だったのだろうと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

“和”お茶の心〜近畿第一学校茶道連絡協議会

茶道裏千家淡交会 近畿第一学校茶道連絡協議会の研修会に出席する。会場は「ホテルオークラ京都」。近畿第一地区(奈良・滋賀・京都・宮津・両丹・但馬)において子ども達へ茶道の普及と指導を行っている先生(お茶の指導)が集まり、事例発表などの情報交換をする。

事例発表に先駆け、淡交会専務理事の野口耕一専務より本部の報告がある。学校での茶道の指導は、明治44年に、全国約6000校、8000人の指導者でスタート。格別に熱心であったのが裏千家であった。

事例発表は、京都南青年部の活動報告。京都府のガールスカウト連盟の子ども達にマナー教室として茶道を教えている。

「継承者への変容」は「学ぶ側」から「教える側」への経験をすると視点が変わる。
・知識の再構築〜子どもの「なぜ?」と言う純粋な質問に、自分の理解の浅さを痛感
・教授者としての視座〜どうすれば伝わるかを必死に考える
・当事者意識〜文化を学ぶ側から未来へ繋ぐ当事者の意識が芽生える

本質を突いた素晴らしいプレゼンでした。

午後の講演は、伊住宗禮氏(茶道資料館副館長)による「伝統文化継承の意義と課題」について。明治維新後、茶道は遊興のものとして教育の場から遠ざけられていた。徐々明治後期になり、やっと日本の伝統文化として認識されるようになったなど、学校茶道の始まり意義について理解が深まった。

最後に、102歳になられる大宗匠千玄室。「一盌(わん)からピースフルネスを」の理念を掲げ指導して来られました。最近は「The Enjoyment of tea」を提唱されているとのこと。

奈良、京都、宮津地区の支部長様とも昼食のテーブルでご一緒させていただき、有意義な交流の場となる。

「百花繚乱」の茶会〜隆国寺(牡丹寺)

晴天のGW。
今日は、牡丹でも有名な曹洞宗「隆国寺」(豊岡市日高町荒川22)でのお茶会へ出かける。

久しぶりに眺める隆国寺の庭園。丁寧に手入れされたお庭に咲く牡丹が美しい。
例年より少し遅く満開を迎えたそうだ。まるで今日の茶会を待っていてくれたのかも。

先代の住職・大田大穣老師には大変親しくしていただき、何度もお話をお聴きする機会もありました。今でも講話のエッセンスを覚えている。
KOH’s VIEW 『「作る心・食べる心」 但馬学10月例会』 (2007/10/27)
(面白くて大切な講話の一部を記録しています。読んでみてください)

現住職の大田大法さんとは、かれこれ30年ぐらい前になるが一緒にコンサートなどのイベントを企画したり、打ち上げに隆国寺の部屋をお借りしたり。私にとってもとても親しみとご縁の深い隆国寺さんである。

「花」尽くしの青年部席

話は前後しましたが、今日のお茶会「如水会」は、裏千家淡交会但馬支部が毎年春と秋に催す茶会。今回は中但地区(出石と日高)の当番で、本席と青年部の席で薄茶をいただく。

青年部席の主菓子はカーネーションを模したもの。いただくのがもったいないほど細やかに作ってある。

花尽くしの席を飾るお床のお花は、ホウチャクソウ(宝鐸草)、ミヤコワスレ(都忘れ)、シャクヤク(芍薬)

お天気にも恵まれ、春の風を感じながらいただく「百花繚乱」の茶会を楽しみました。

裏千家淡交会近畿の協議会に出席

茶道裏千家淡交会近畿第一地区の地区協議会に出席。(ホテルオークラ京都にて)

淡交会但馬支部は「近畿第一地区」に属す。
京都市(東西南北の4ブロック)と宮津・両丹(京都府)と滋賀、奈良支部と同じブロック。

令和6年度活動の報告と令和7年度行事予定予算案を協議。
巡回講演、各地区の周年事業、青年部活動、学校茶道などが対象となる。

流石に京都市内の支部はそれぞれ約1000名前後、滋賀、奈良も数百名の会員数であるが、各地区とも会員減少の課題を抱えている。

淡交会専務理事から、淡交会全体の現況報告と活動方針が示される。
・社会制度の変更(学校部活動が地域に委ねられる、など)
・初心者に対してハラスメント、ジェンダー問題に敏感であれ
・入会に際し、事前の説明を丁寧にする

などの考慮すべき点についてのお話がある。どれももっともな指摘であり、みんなで共有しなくてはならないと認識する。

裏千家淡交会総会〜京都にて

第134回(一社)茶道裏千家淡交会の総会に出席。会場はウェスティン都ホテルにて。
今回はJR山陰線を利用して、二条駅下車して地下鉄で蹴上で降車。

春の到来を思わせる快晴。
蹴上インクラインの桜並木の蕾が膨らみつつある。

話は飛ぶが帰りの電車に乗るために京都駅にタクシーで戻る。
大勢の外国からの観光客が京都タワーをバックに記念撮影をしている。

呈茶席でお茶を頂いた後、大宴会場「瑞穂の間」で総会が開催される。
冒頭、千玄室大宗匠様のご挨拶から始まる。日本各地で自然災害が発生していることを念頭に日々を大切に、とのお話。続いて千宗室家元のご挨拶。70の齢(数え)になり思うところを述べられる。

令和6年度の事業・会計報告、令和7年度の事業計画予算案が承認されスムーズに終了。

総会後に理事会が開かれ淡交会理事長の交代が決議される。
千容子(まさこ)様から千宗史(千敬史(たかふみ))若宗匠に交代。

総会後の懇親会。300名を超える出席者が総会後の懇親会に参加。

同テーブルには、丹後・丹波の支部長さんやお隣の岡山県の各エリアの支部長さん。
倉敷の方とは美観地区老舗酒蔵のお話、津山の方とはB’zの稲葉浩志、里庄町の方とは藤井風の話題など、ちょっと茶道とは関係ない話で盛り上がってしまう。

こうして日本各地の方とお会いできるのも総会に出席した「ご褒美」かなと思いました。

「NPO碧雲カフェ」〜 茶の湯の不思議な”チカラ”を求めて

【NPO碧雲カフェとは】
東海理事長を務める谷 昇(野村美術館館長)の呼びかけで、茶人や陶芸家、研究者などの有志により立ち上げた、社会奉仕活動の会。茶の湯を通して人と寄り添い、対話することで、茶の湯の持つ”チカラ”を感じてほしいと年間を通して茶に関わる催しを行います。
(「NPO碧雲カフェ」会員募集チラシ より)

「NPO碧雲カフェ」からチラシのご案内をいただき、京都でのセミナー「秀吉と利休」、に参加しました。

今回のセミナーの講師でもある谷昇理事長から、「碧雲カフェ」の趣旨・目的の説明があり、とても感銘を受けました。
・過疎地の高齢化、孤立化に対して「人が集まる茶会」を開く。
・被災地に赴き「抹茶とお菓子」で心の安らぎを提供する。
・(都市部など)孤立している人へ茶を通じて社会と交わる機会をつくる。

まさに、「活動する」ことで「茶の湯のチカラ」を求め、示すとの決意。
現代社会の中における「茶の湯」の存在意義を模索するものだと理解し、即入会手続きをさせていただく。

主宰者の谷先生は野村美術館の館長。10数年前から親しくしていただいています。
(妻が野村美術館の谷先生の講座で学んでいる)
但馬コネクションにもこれまでに2回ゲストとしてお迎えし、多数の参加者と共に貴重なセッションとなりました。

但馬コネクション・セッション記録
「茶の湯の心」(2013/06/21)
「和食の成り立ちと特徴」(2017/04/21)

こう申し上げるのも失礼ですが、80歳を超えてNPO法人を立ち上げ、「茶の湯」のチカラを模索しながら、社会に貢献されようとする挑戦には、本当に頭が下がります。

ぜひ皆さんも参加しませんか。

会員申込み方法
宛先: hekiuncafe@gmail.com
件名: 「碧雲カフェ入会希望」
記入: 名前、電話番号、メールアドレス、振込予定日
【年会費】3,000円
【振込先】ゆうちょ銀行
     店名:四四八(ヨンヨンハチ)
     普通:5456730 
     口座名:NPO碧雲カフェ