茶の道にみちびかれて〜中之島香雪美術館

今年3月にオープンした中之島香雪美術館

もともと2日間、大阪・神戸の予定。思わず空き時間ができたので、大阪中之島にあるフェスティバルタワー・ウェストを訪ねる。その4階に美術館がある。

神戸市東灘区にある村山龍平(朝日新聞の創業者)の自宅に開館した香雪美術館だが、開館45周年を記念して、この大阪中之島に2館目をオープン。

今回は第Ⅲ期「茶の道にみちびかれて」。

明治〜大正時代にかけて、村山龍平が催した3つの茶会の道具組合せとして、約80点の茶道具が紹介されている。

「茶の湯文化学会 総会」 in 松江

松江2日目。「くにびきメッセ」の多目的ホールにて「平成30年度 茶の湯文化学会 総会」が開催された。今回は、不昧公ゆかりのテーマの講演もあり、松江市民の方も無料で参加できる。

充実した研究発表。

「松平不昧公の茶会記」、「本惣・本屋惣吉と松平不昧」、「絵画史料から復元した松平不昧公大崎苑の特徴」、「松平不昧〈茶道具の研究と収集〉」など

大会の間、会場脇では、松江名物「ぼてぼて茶」がふるまわれた。

ぼてぼて茶とは、出雲地方、松江市に伝わる茶。おこわ、煮豆、高野豆腐、漬物などを刻んで茶碗に入れ、番茶を注ぎ、泡だてて飲む独特の茶でした。泡を建てる時の音から「ぼてぼて茶」と言われる。

午後4時に終了。

帰路は、3時間半で到着。
ノンストップでちょっと頑張りすぎたかな?

2019年秋に竣工予定の「菅田庵」。
ぜひ、もう一度、松江にはゆっくりと行ってみたい。

久しぶりの松江〜松平不昧公没後200年

菅田庵(完成予想図)

『茶の湯文化学会』の総会を島根県松江市で行いました。
今年は、松平不昧公没後200年に当たる年でもあり、松江市で開催された。

松平不昧公は、出雲松江藩の第7代藩主、松平治郷(はるさと)(1751年〜1818年)。江戸時代の代表的茶人、号は不昧(ふまい)。

松江まで、車約4時間。途中、山陰の風景を楽しみながらの快適ドライブ。ほぼ、30年ぶりの松江。小泉八雲記念館、田部美術館、京橋川近辺を散策。

総会前日の夜は、茶の湯文化学会の懇親会。

松江駅から送迎バスで約40分、大根島へ。

日本庭園の美しい「由志園」を散策。
庭園内のレストランで懇親会が始まった。

開会の挨拶をされる熊倉功夫会長(国立民族学博物館名誉教授)。

松平不昧公の没後200年で特別に重要文化財の整備現場を観られるということもあって、今回の参加者はいつになく多数。賑やかに行われました。

「伝統と現代アート、そして襲名」 十一代 大樋長左衛門

豊岡市民会館文化ホール

第十一代 大樋長左衛門(年雄)さんの「伝統と現代アート」そして私の襲名」と題した講演を聴きました。

「『伝統は革新の連続だ』との言葉を耳にする。しかし、伝統は伝統、現代は現代、自分は大谷選手のように二刀流を目指す」。茶碗と現代アートの間を行き来しながら作家として活発に創作活動されている姿に驚嘆しました。

「襲名の前と後では、茶碗の見方、接し方に対して、自分の心に大きな違いがあるのを感じる」との言葉も印象的でした。

大樋年雄(11代)さんのブログも凄い!
(2018.06.10の記事が、豊岡講演)

十代 大樋長左衛門

以前、金沢の大樋美術館を訪ねた。その時に十代長左衛門氏と少しばかりお話をさせていただいことを思い出します。

江戸時代初期1666年(寛文6年)に、加賀藩5代藩主・前田綱紀の招きにより京都より千仙叟(千宗旦の末の子)を招いた際に、一緒に帯同したのが楽家4代一入の最高弟であった陶工・長左衛門だった。その後、金沢に居を構え、現代に至る。飴色釉薬が特徴。

九代 長左衛門(祖父)の茶碗を手にとりながら、「九代の中でも、これは素晴らしい出来の茶碗です」。

茶碗の手捻り、真っ赤に焼く、釉薬、窯から取りだすタイミングなど、細かく解説していただく。

十代 長左衛門(父)の茶碗。

九代 大樋長左衛門の茶碗。

「鶴見茶屋」〜豊岡高校茶道部のみんなと楽しむ

コウノトリの郷公園で催された「鶴見茶屋」。

昔は、コウノトリは鶴と呼ばれ、
出石の山では鶴見客相手の茶店の写真が残っている。

3回目を迎えたが、この茶会を始めるきっかけもあった。
2015年秋、羽箒研究家の下坂玉起さんが、ここで野点(野外で茶の湯)を楽しんでいたのがヒントになって始まった。

豊岡名物、一柳堂「鹿まんじゅう」の特注品。
鶴見茶屋限定の「コウノトリまんじゅう」。
中の餡は同じ、懐かしい味です。

お茶を点てるのは、兵庫県立豊岡高校茶道部の生徒たち。

訊ねると、現在の部員は26名。うち8名が男子だそうだ。
ものおじせず、堂々と、気持ちを込めてお茶を点ててくれる姿が清々しい。

先日の淡交会但馬支部の懇親茶会でいただいた高校生の薄茶といい、若者が点てるお茶の姿に心洗われる思いがしました。

溢れる緑、そよ吹く風、カタカタカタと鳴らすコウノトリのクラッタリング。

いただいた一服の茶が最高。
「茶の湯」を楽しいと感じる、新たな気づきのひとときでした。

豊高茶道部、コウノトリ文化館の皆様に感謝。

学校茶道部に感心する

浴衣姿の青年部と亭主・半島を務める生野高校の茶道部メンバー。

裏千家淡交会但馬支部の懇親茶会にご招待いただきました。
会場は城崎温泉・招月庭。

濃茶をいただいた後に、薄茶をいただく。
青年部と学校茶道部の合同で企画された薄茶席。

テーマは、城崎温泉の賑わい。
主菓子は、檜の桶に手拭いを添えて。
青年部の皆さんは浴衣姿。
(お茶は、迎える側の企画、工夫が楽しみのひとつ)

亭主(お点前)と半東(亭主の補佐)は、茶道部の高校生が務める。
薄茶をいただきながら、和やかに茶道談義。

「なぜ、部活動に茶道を」「どのようにお稽古しているのか」「どんな活動をしているのか」、さらに「大学への進路は」「活動資金は大丈夫ですか」など、主客はじめ客から、矢継ぎ早に質問がでる。

半島を務める男子高校生は、
「やりたい運動部がなかったので茶道部に」「祖父母が日常的に茶に親しんでいた」「日本人である限り、日本文化をもっと知りたい、そして外国人にも、日本文化を知ってもらいたい」
即座に考えを述べる、その堂々とした受け応えに感心しました。
姿勢、態度、人前で喋るなどの訓練に茶道はとても役に立つことを再認識、実感をしました。

生野高校は部員14名の半数が男子、とは驚くと同時に素晴らしいことだと感心しました。本日の茶会には、豊岡高校、豊岡総合高校、八鹿高校、香住高校、日高高校、生野高校など但馬の各高校の茶道部が参加している。

茶席に若い彼らの溌剌とした姿がとても新鮮で清々しい。茶会の風景を一新したように感じた。いつもと違う茶の味わいを感じた茶会でした。

薄茶席のお花。

赤い花が、ダイコンソウ。
桃色の花が、オダマキ。

逸翁美術館〜小林一三翁を訪ねて

逸翁美術館の外観

逸翁美術館(大阪府池田市)で開催されている開館60周年記念展に行きました。

逸翁美術館は初めてなのですが、山の斜面の閑静な住宅地にあり、周囲の景観と馴染んだ立派な建物、設備に感心しました。さすが、阪急文化財団の運営ですね。

開館60周年記念展チラシ(阪急文化財団)

開催されていたのは「未来につなぐ和の意匠力」。

日本人が共有する美に対する意識、造形感覚がテーマ。絵画や工芸品、陶器、茶道具の文様や意匠を通じて鑑賞しながら、その原点を探る。

「平明」〜 須恵器などはるか昔の姿やシンプルな図柄
「静寂」〜 「あわれ」「わび・さび」余白の静寂を愛おしむ作品
「遊楽」〜  華やか、煌びやか、祭礼の抱く感興

縄文・弥生時代の器と現代の作家の作品が並べられたり、時代を超えて共通にもつ日本人の美的感覚を感じることができた。

小林一三が実際に住んだ家。2階には、書斎、奥様の部屋。

美術館から歩いて約5分のところに小林一三翁が住んだ自宅がある。明治〜昭和にかけての実業家、政治家であることは余りにも有名。今回、その実像を知ることができて感激である。

「雅」は芸術、「俗」は生活。

山梨県韮崎市出身、慶大、三井銀行、証券会社設立のため大阪に移動(恐慌のため消滅)、「箕面有馬電気軌道」設立、阪神急行電鉄(阪急)社名変更、阪急百貨店、宝塚劇団、六甲ホテル、東京宝塚劇場、東宝映画。歴任した会社経営はまだまだたくさん。

日本の近代史に残る大人物。学生時代には小説を書き、その後も文学、美術にも造詣が深く、やがて茶の湯へと趣むく。

茶室「即庵」

茶室「即庵(そくあん)」。
畳上と同じ視点で喫茶、拝見ができるように椅子席がうまく工夫されている。

他にも「人我亭(にんがてい)」、「費隠(ひいん)」という二つの茶室がある。

「和」と「洋」がダイナミックに見事に調和している。

庭から見上げると

手入れされた庭が美しい。植木のすぐ上の建物が、茶室「即庵」になる。とても刺激的な素晴らしい訪問となりました。