台風10号の前に

台風10号が北上する。豊岡には夕方6時ごろに最接近するとの予報。
今(午後1時)は、まだ静かな円山川。
白い建物が来年4月にオープンする「江原河畔劇場」。(これまでは豊岡市商工会館。9月よりリニューアル工事が始まる)
赤い屋根の上の山の頂上に「但馬コウノトリ空港」がある。

こちらは、歩いて5分ほどの上流。右手に江原神社。
2004年の台風被害後、堤防工事が続く。
この時間、普段の水位。仮に増水した場合は、川向こうの雑草地は遊水地となる。

さて、台風10号の進路は?
(私の経験では、豊岡の西側を通過する台風は、大雨とはならないのだが)

お盆の思い出

江原の墓地。
円山川築堤計画の外側にある墓地は、移転が計画されて随分と年月が経つ。
特に、2004年10月の台風23号の水害後は、一刻も早い墓地移転と、その後の築堤が住民の願いだが、まだ未完成。噂では今年度中には、未完成の2個所(写真手前と向こうお墓の右横)が繋がり完成すると聞くがさてどうなることか。

私の子供時代は堤防もなく、お墓の周辺では、蝉やキリギリス捕りで駆け回った真夏のイメージが強い。

円山川のほとりに静かに佇むお墓。
小さい頃から家族でお参りした思い出が詰まる。
ご先祖様に感謝。

まだまだ続くのか夏

ふと見上げる夕暮れの空。西の空にはスジがかった雲が見える。
小さな秋を予感させた瞬間。

東を向くと円山川。向う岸の白いラインは、通常の水面より水位が下がっている証明。
梅雨の時期も円山川の水位は上がることもなく、その後も雨の少ない猛暑の夏が続く。

日高夏祭り〜江原駅前の賑わい

夕方、「夜の祭典」会場には、スマホで写真を撮る大勢の親(たぶん)がいる。保育園児たちがダンスを披露。

いつもは家でビールを片手にBBQの準備をしながら花火大会の時間を待つ。
が、今年は江原駅前で開催される「夜の祭典会場」に出向いてみる。

来年の4月には「江原河畔劇場」(平田オリザ氏主宰の劇団青年団が引っ越してくる)が完成。ちょっぴり、来年のこの「日高夏祭り」とどうリンクしてくるのか、などと想いを寄せながら、街を歩いてみた。

バッタ獲り

バッタ捕りに夢中。
夏には大きくなるが、バッタは小さいものばかり。
よく見つけるな、と感心。

獲れなかったからと、言って泣きべそかいているんではありません。
しつこく、家に帰るまで下を向いて虫を探している。
まったくもう、大の昆虫好きだ。

夕陽に映える裏山と翠の川面

この夕陽に照らされる裏山を眺めながら過ごす時間が好きだ。
時間と共に、その表情が刻々と変化する。
四季おりおり、さらに異なった風景が出現する。

麓には、円山川。
翠(みどり)の川面。
新緑との対比がまたなんとも言えない。

年一回の溝掃除

江原地区は、毎年4月第2〜第3日曜日の間に、各家の周囲の溝掃除をすることになっている。高齢化も相まって、毎年、完璧に溜まった土、泥を除去するのは困難になっている。

我が家も周囲に溝が張り巡らされていて、なかなか家族だけではできない。そこで、シルバー人材にお願いして溝掃除。中央が高くなっている車道に面しているので、削られたアスファルトや飛んで来た土埃、そして庭の落ち葉などが入り混じっている。1年間に溜まる量は想像以上だ。

円山川 ”河畔劇場”

赤い屋根の建物に注目。

約2万年前に火山活動を行なっていた神鍋火山の噴火により溶岩が流れ着いた場所がここ。玄武岩(柱状節理は不完全だが)の崖の上に建つ。

円山川は、溶岩壁に沿うように蛇行する。建物に向かって縦方向に向かってくる流れは、円山川で唯一の場所と言っても良い。絶景なのだ。

これまで「豊岡市商工会館」の建物だったが、4月より商工会は「豊岡市役所日高庁舎」(旧・日高町役場)に移転し、劇場へと改築される。

「劇場」は、劇作家・演出家の平田オリザ氏主宰の「劇団 青年団」の常設劇場として使用される。JR山陰線・江原駅前という好立地を活かし、駅前商店街や市民の憩いゾーンとしても整備される予定だ。

進む堤防工事〜江原荒神社あたり

久しぶりに晴れた、自宅裏の夕暮れ。
だが、昨日、雪を降らせた寒波はまだ居座っている。

円山川堤防工事は、宵田地区から江原地区へと進行中。
江原の荒神社をこの角度(裏側)から眺めるのは初めてだ。

というのも、神社の裏手まで堤防が伸びて来たから。
何年か経ち、植物が地面を覆う頃には、絶好の散策コースとなっているだろう。
楽しみにしよう。

江原荒神社の裏手。向こう側が円山川右岸。
桜の木が数本残っているが、私の小さい頃は、桜並木の名所でもあった。
この場所に、流れ橋(台風などの大水が出るとすぐ流れ、復原できる橋)があった。

右岸は鹿の楽園だ。

小学生の頃には、この右岸に祖父が耕す畑があった。スイカやナス、キュウリなど、採れ立ての野菜をよくいただいた。その頃には、鹿は居なかった、見たこともなかった。