『フォッサマグナ』 藤岡換太郎・著

その懸念はもっともです。フォッサマグナについて知れば知るほど、日本列島のど真ん中にこのようなものを抱えていたら、いつ地震が起きるのか、いつ火山が火を噴くかと、気が気でなくなってもおかしくありません。なにしろ、フォッサマグナ地域にはいまも活火山である富士山がすっぽりと入っていて、糸静線などの活断層が何本も走っているのですから。
『フォッサマグナ』 藤岡換太郎・著

「その懸念」とは、地殻変動によって生まれたフォッサマグナは、これからも様々な地殻変動を起こすだろう、と言う意味。
「糸静線」とは、糸魚川ー静岡構造線(地質学先駆者・矢部長克が1918年に命名。直線距離で約250km)。

冒頭、筆者は「フォッサマグナって知っているか」と尋ねたら、「誰の名前?」「どこの地名?」、「フォッサマグマ」「ホッサマグナ」など、チンプンカンプンな答えが返ってくる、と述べている。

確かに、「フォッサマグナ」の言葉は大抵の人は、聞いたことがあると思います。日本の中部地方辺りの地質、地形、火山などが関係しているぐらいの知識で。

このブログでも紹介した『激動の日本列島誕生の物語』にもあるように、日本列島の成立ち、そして地殻は動いていることを理解することは、日本の自然災害(地震、台風、豪雪など)の発生メカニズムを知ることになり、災害対策にも重要だ。

著者は、この『フォッサマグナ』に出版に至るまでに、次の3冊の本を出版しているので、まずは、そちらの本を読み、地球の成立ちを理解してから、この本を読むことをオススメしたい。

素人にも分かりやすく解説されていて、地球、地質への興味を惹き付けられる。
全て、藤岡換太郎氏の著書です。

『山はどうしてできるのか』(2012年)
『海はどうしてできたのか』(2013年)
『川はどうしてできるのか』(2014年)
『三つの石で地球がわかる』(2017年)

 

「新しい大学」とは?〜但馬地域専門職大学シンポジウムに参加して

2021年4月(目標)に開学予定されている但馬地域専門職大学の開設プレ事業シンポジウムに参加。

時期:2021年4月(目標)に開学予定。
場所:豊岡市(JR豊岡駅から600m)。
仮称:国際観光芸術専門職大学
定員:80人(80人×4年=320人)

基調講演 平田オリザ氏(学長候補)
講演   内田樹氏
鼎談   平田・内田・中貝豊岡市長

準備を進めている兵庫県側から概略の説明で印象に残ったのは、
「専門職」と言う言葉があるため、2年制の専門学校と間違えている人が多い。これは4年制の公立大学である。

・観光地経営(観光マネジメント、観光マーケティング)
・文化創造(アートマネジメント、パフォーミングアーツ)
との架け橋となる
・コミュニケーション能力、語学力、ビッグデータなどの分析能力
を習得する大学である。

平田オリザ氏
・これまでの大学は行き詰まっている
(有名大学は、小中連携校出身、画一化)
・学生の多様性が大切
・『村を捨てる学力、村を育てる学力』(東井義雄)の教えを再考すべき
・これからは「何を学ぶか?」ではなく「誰と学ぶか?」が問われる
・身体的文化資本
センス・マナー・コミュニケーション能力・美的感覚・感性・味覚など
人種偏見、性差別の認識

内田樹氏
・「知のマップ」持て
・「知らないことを知ることが大切」(無能の自覚)
・「自分が何を知らないかを説明できなければならない」
・「このことはあいつに聞け」誰にどうやってアクセスするのか
天職(vocation、calling)それぞれ異なる専門分野
・「コミュニケーション能力は、距離感が大切」
一致、共感、違和感、敵対ではない
・ 品位ある社会(他人に屈辱感を与えない)

「なぜ、観光と文化なのか」に答えるべく、今後但馬各地で開かれるプレカレッジ。

平田オリザ氏による講演が2回
11/18(日) 「観光と文化によるまちづくり」(朝来市・ささゆりホール)
12/16(日) 「演劇的手法を用いたコミュニケーション教育〜合意形成能力の育成」(新温泉町・浜坂)

宮台真司氏による講演
2019年3/2(土)「21世紀の新しい大学像」(養父市・但馬長寿の郷)

「お茶の話」但馬コネクション10月(No.51)

今月の但馬コネクションは、静岡県掛川市より元・伊藤園中央研究所の沢村信一氏をお迎えし、テーマ「お茶の話」

世界中で紅茶、緑茶、烏龍茶など様々なお茶が飲用されている。
茶はツバキ科の低木である。(元の茶の木は一つ)。
違いは、栽培法、製法(発酵・不発酵)、飲用法などで生じる。

日本には、遣唐使の頃(7〜8世紀)中国よりもたされる。
寺社中心に飲用(一般に流行ることはない)
僧栄西が三代将軍実朝に二日酔いの薬として献上(鎌倉時代)

「豊岡市出石町袴狭より室町時代中期の茶筅が出土」と言う話題は、参加者も知っている人がほとんどいなかった。

最後に興味をひいたのは、茶の飲用法は400年ごとに変わる、
と言うまとめ。
1200年前に日本に入ってきた。(固形茶、粉末にして)
800年前、抹茶文化がもたらされる。
400年前、煎茶の製造が始まる、庶民に徐々に浸透
そして現在、ペットボトル??、インスタント粉末茶???

私たちの日常の食生活の変化にも大いに関係する。
お茶の文化から日本の今を考えると、日本文化、日本の社会が見えてくると感じました。

セッション終了後、沢村氏ご自身が製られたお茶を、しかも、ご本人に淹れていただくと言う、なんとも贅沢な時間。

身近な「お茶」がテーマを、生物学的、科学的、歴史的、文化的な側面から学び知る貴重なセッションとなりました。

大好きな台湾料理で一番好きなのはコレ

葱油活魚(チョン ヨウ オウ ユウ)

大好きな台湾料理。そして一番好きなメニューはコレ。
必ず毎回注文する。
(正確に言うと、黙ってても、いつも台湾のビジネスパートナーが何も言わなくても注文をしてくれる。感謝!)
今回は、虎班(フウ バン)と言う高級魚だ。

日本なら「川蟹」、上海なら「上海蟹」。
台湾は何だろう?(尋ねるの忘れた)
おこわの上に蟹。秋の味覚だな。
香ばしくて最高!

地瓜葉(ティ ファ イェイ)。

サツマイモの葉っぱ。
胃腸に良いそうだ。
昔は、豚のエサにしてたそうだが、最近の健康ブームで、台湾で人気の青菜の炒めもの。

担仔麺(ダン ジャイ メン)。

台湾料理の人気麺と言えば、やはりこれだろう。
お腹いっぱいでも、このスープと麺は、またお腹に納まってしまう、ダイエットには危険な食べ物だ。(笑)

台北・信義地区〜ファッション最前線に驚きだ

台北の信義地区には驚いた。高層ビルの101が出来てからこの地区がビジネス、ショッピングの中心地になるだろうとは予想していたけど、これほど早く、これほど高層ビルが立ち並ぶとは。

今年初めに完成したという高級マンション(三角の建物)は、1室の分譲価格が10億円という部屋もあるという。

最高級デパート「BellaVita(ベラヴィータ)」。
IT企業経営者の愛娘3人の「ヨーロッパのようなゆったりとしたカフェが欲しい」との希望に応えるために、土地を買い、ビルを建て、百貨店を開き、カフェをプレゼントしたという、何とも壮大なストーリーがある百貨店だ。

そのベラヴィータのB1にある「OAK ROOM 」。

最高級の靴店。取扱ブランドは、Crockett&Jones、Alden、Edward Greenなど。さらに、スーツ、シャツ、カバンなども扱う。

「OAK ROOM」のオーナーはNAKATA HANGERファンとも聞いているので訪問。あいにく不在であったがクリスさんが対応してくれた。

こちらは「微風百貨店 信義店」(BREEZE)。経営者の妻、孫芸芸(スン・ユンユン)は、台湾のデザイナー、女優、タレント、モデルと多彩。そのスン・ユンユンお気に入りのブランドを集めた百貨店。

BREEZEの店舗として「TAKEO KIKUCHI」

ユナイテッド・アローズ。
どちらも弊社のハンガーを使用いただいている。

他に、新光三越、阪急百貨店と、久しぶりの台北ショッピング施設チェック。台湾の経済成長、ファッション・センスが日本とほとんど変わらなくなて驚きだ。

台湾へ〜喜びの再会

ドイツ滞在中に台湾出張の予定が入る。帰国後まもなく、台湾のビジネスパートナーとの急ぎの打合せが必要となった。

前回2016年3月、仕事とプライベートの用事を兼ねて滞在していた台湾(台北)で九死に一生を得る大事故にあった。(日課の早朝ウォーキング中、横断歩道で車に跳ねられる大事故。その後1年間は療養)。この2年半、「生かされた」自分と向き合ってきた。

そして、再び台湾へ。

前回もこのメンバーに加えて、その家族、友人たちと楽しく夕食を共にした翌朝のことであった。私の事故で大きな衝撃を受け、台湾での入院中は毎日お見舞いにきていただいた。

今回の再会は、お互いに言葉にならない、言葉に出せない、言葉に出さない、感慨深いものとなりました。

私もまだこの瞬間をどう表現したらいいのか戸惑う。
ともかく心配してくれた人たちに、再び元気を取り戻せた自分の姿を見せることができたことは、何よりもの喜びでした。

本格的な秋がじわじわとやってくる

9月下旬からのドイツの旅を終え、その間の仕事関連の郵便物や書類のチェックを終え、久しぶりに庭をチェック。

まず目を引くのは、鮮やかな白い花を咲かすシュウメイギク。秋の花にしては明るく元気溌剌と言った感じで嬉しくなる。

庭の紅葉は、まだまだこれから紅葉といったところ。
冷え込みと同時に、これからみるみる紅くなって行くのが、楽しみだ。(そも後の清掃が待っているが)

裏庭の塀の蔦。
毎年、黄と紅が混じり合った美しい表情を見せてくれのを楽しみにしているが、今年はどうも元気がない。猛暑のせいか。

こちらは、いち早く紅葉するナツハゼ。
ブルーベリーの紅葉と競うように紅くなる。
どうも今年の紅葉は、ナツハゼに軍配が上がる。

『ベートーヴェンの生涯』青木やよひ・著

その研究の過程で、極めて人間的で徹底した自由人で会ったベートーヴェンの相貌に接した私は、陰鬱なウィーンの場末で生涯を過ごした「陰気で悲劇的な英雄」という従来のベートーヴェン像を一掃したい思いに駆られた。シントラーの捏造やマリアム・テンガーの偽書にもとづいてこうした誤ったベートーヴェン像を世界的に流布したのは、ロマン・ロランの『ベートーヴェンの生涯』に他ならなかった。戦後の一時期、ロランから生きる力を与えられた私にとって、彼を批判することは辛いことであったが、先入観の恐ろしさを自戒するためにも、本書ではあえてそれを行った。
『ベートーヴェンの生涯』 青木やよひ・著(「あとがき」より p289)

今回のドイツ訪問の目的の一つは、ベートーヴェンを訪ねることだった。2年半前の台湾での交通事故により私自身の左耳聴力が半減し、耳鳴りと戦った日々を体験。治療の間、聴力を失ったベートーヴェンの苦悩を思いながら過ごしました。遺書を書いたというハイリゲンシュタットを訪ねてみたかった。

動機はともかく、交響曲第6番《田園》やヴァイオリン ソナタやピアノ ソナタが大好きな曲なのでよく聴いていた。一度、その作曲の舞台となったウィーンへ行き、確認したいと思っていました。

そんな折に読んだのがこの著書。

著者の青木さんは、人生の50年以上をかけて、諸説あり謎とされていたベートーヴェンと相思相愛の女性は誰か、を追い続けた人。執念とも言えるその探求の過程でベートーヴェンの人となりを明らかにしていく。

現地を何度も訪れ、丁寧に貴重な一次資料を解読し、研究者を数珠つなぎのように訪ねた情熱は特筆もの。

ベートーヴェンのファンなら一読すべき、本と言える。

ベートヴェンとモーツァルトの直筆スコア

ベートーヴェン直筆の楽譜。

プラハ城内のロブコヴィツ宮殿内にある博物館所蔵。ロブコヴィッツ家は代々芸術家のバックアップを行ってきた。多くの絵画や、特筆すべきは、ベートーヴェンやモーツアルトの直筆の楽譜や、ベートーベンが曲を提供した時に受け取った領収書(?)もあったりする。

交響曲第4番(?)の表紙。
サインもあり。

ベートーヴェンの直筆サインが大きく。

こちらはモーツァルトの直筆スコア。
ヘンデルのメシアをモーツァルトが編曲したもの。

こんな楽譜が見られるなんて全く予備知識がなかったので、驚きと感動とで、とうとう閉館まで立ち止まってしまいました。
(私が最後の客なので、係員の方がすぐ後ろに立っていました)

なんかミーハーっぽいけど、鳥肌モンでした。

ライン川の流れと共に〜ドイツ・ウィーン・プラハの旅

近ずく旅の終わりにライン川の村を訪ねる。
リューデスハイム(Ruedesheim)。

ゴンドラリフトで山頂へ。
見渡す限りのブドウ畑。

 

山頂からのライン川。

ドイツは森の国だと実感する小道。
(リューデスハイマーから隣町アスマンスハウゼンへ)

ドイツ統一のシンボル「ゲルマニアの像」(1883年建立)

地元産のブランデーを注いだリューデスハイマー・カフェ。
(かなりブランデーがたっぷり)

帰りは船で、アスマンスハウゼンからリューデスハイマーへ、「ライン川上り」

いよいよドイツともお別れが近ずく。
宿泊させていただいているペーターさんの家からすぐのワイナリーへ。

ミュンヘンのビールで始まった今回のドイツ・ウィーン・プラハの旅の最後は、フランクフルト近郊のフレアースハイムのワインでお別れだ。

自転車のツーリング途中で一杯。
と思ったら、馬でやって来て一杯。
こんな豊かでお洒落な風景ってあるんだね。

フランクフルト空港へ向けて着陸体勢の飛行機が次から次へ。

滔々と流れるライン川、雄大に沈む夕陽。
今回の旅で会ったすべての友人を思い出しながら眺める。

一緒に旅をした親友Bさんに最大の感謝を込めながら家路に。